日々起案

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刑法事例演習教材07「男の恨みは夜の闇より深く」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

【※判例の見解に沿って起案】
第1 甲の罪責
1 Aへの暴行について
(1) 甲は乙と共にAに暴行を加え打撲傷を負わせているから、Aに対する傷害罪の共同正犯(刑法(以下省略)204条、60条)が成立しないか。
(2) 「傷害」の有無
 「傷害」したとは、不法な有形力の行使により人の生理的機能に障害を生じさせることをいう。
 甲は乙と共同してAに対し、乙が後から押さえつけ、甲が顔面を強打するという不法な有形力の行使をしている。これによりAは側頭部に加療4週間程度を要する頭部打撲傷という生理的機能の障害を生じさせているから「傷害」したといえる。
(3) 共同正犯の成否
 共犯の処罰根拠は、他人の行為を介して結果に対し因果性を有する点にある。
 甲と乙は一緒にAを殴打することを共謀し、傷害の実行行為を分担しているから、Aの傷害結果に対し心理的・物理的因果性を有している。
 よって、傷害罪の共同正犯が成立する。
2 ハンドバッグを持ち去った行為について
(1) 強盗罪の成否
 甲は乙と共に行った暴行によりAが気を失っている状況で、Aのハンドバッグを持ち去っていることから、強盗罪(236条)が成立しないか。
 強盗罪は暴行脅迫を手段として財物を奪取するという犯罪類型であり、暴行を「用いて」と定めていることから、同罪の「暴行」は財物奪取の手段としての暴行と解する。
 甲はAに対する暴行が終了した後にハンドバッグを持ち去る意思を生じていることから、手段としての暴行といえない。
 よって、強盗罪は成立しない。
(2) 窃盗罪の成否
 では、窃盗罪(235条)が成立するか。以下要件を検討する。
ア 実行行為
 「窃取」とは占有者の意思に反し財物の占有を移転する行為をいう。そして、本罪の占有とは、財物に対する事実上の支配関係をいう。
 甲が乙と共にAのハンドバッグを持ち去った時点で、Aは気絶している。しかし、意識を失ったからと言って物に対する支配力を失うのは不合理であるから、Aのハンドバッグについても、なおAの占有が及ぶと解する。これを無断で持ち去ることはAの意思に反する行為であるから、「窃取」といえる。
 以上より、Aという「他人の」ハンドバッグという「財物」を「窃取」したといえ、窃盗罪の実行行為に当たる。
イ 故意
 故意とは、犯罪事実の認識・予見のことをいう。甲はAが死んでいると誤信していることから、甲には占有侵害の認識がなく、故意が認められないのではないか。死者の占有が認められるかが問題となる。
 死者には財物の支配が観念できないことから、占有は認められないのが原則である。しかし、被害者が生前有した占有は、死に至らしめた犯人に対する関係では、死亡直後においてなお継続して保護するのが法の目的に適うと解する。
 甲の認識は、Aを殺害し、直後にAのハンドバッグを持ち去るというものであるから、甲との関係でAの占有は保護される。そして占有を侵害するという認識がある以上、窃盗罪の故意が認められる。
ウ 不法領得の意思
 窃盗罪と器物損壊罪等との区別の必要性から、故意以外の主観的要件として不法領得の意思が必要と解する。その内容は、一時拝借のような軽微な法益侵害は可罰的違法性が認められないことから、ある程度終局的に本権者を排除する意思と、器物損壊罪との区別のため財物の経済的用法に従い利用処分する意思と解する。
 甲は、ハンドバッグを焼却処分しようとしている。これは財物の経済的用法に従った処分ではない。よって、不法領得の意思は認められない。
エ よって、窃盗罪は成立しない。
(3) 器物損壊罪の成否
ア では、器物損壊罪(261条)が成立するか。
イ ハンドバッグは、258条ないし260条の客体ではない「物」にあたる。そしてAという「他人の」物である。
ウ 「損壊」とは、物の効用を侵害する一切の行為をいう。ハンドバッグを持ち去る行為は、所有者の使用収益を排し、その効用を侵害する行為であるから、「損壊」といえる。
エ よって、甲にAに対する器物損壊罪が成立する。
(4) 共犯関係
 後述のとおり、乙に窃盗罪が成立する。共同正犯は特定の犯罪を複数人が共同して実行するものであるから、異なる罪名について共同正犯は成立しないと解する。もっとも、構成要件が異なっていても、両者の保護法益と行為態様が同質的で重なり合う限度で共同正犯が成立すると解する。器物損壊罪の保護法益は所有権であり、窃盗罪保護法益である平穏な占有と異なっている。しかし、窃盗罪が占有を保護しているのは、究極的には所有権を保護することを目的とすると解する。とすれば、保護法益は所有権の範囲で重なり合うといえる。そして、所有権者の使用収益を物理的に侵害するという点で行為態様も重なりあうため、器物損壊罪の限度で共同正犯が成立する。
3 Bへの暴行について
 乙が甲と「共同」してBに対し顔面や腹部を殴打するなどの不法な有形力を行使し、加療3週間程度の打撲傷という生理的機能を障害するという「傷害」をしている。よって、傷害罪の共同正犯が成立する。
 同行為は甲乙が逃走するために行われたものである。しかし、甲に窃盗罪が成立していない以上「窃盗」にあたらないので、事後強盗(238条)は成立しない。
第2 乙の罪責
1 Aへの暴行について
 乙は甲と「共同」して、Aを「傷害」したといえる。よって傷害罪の共同正犯が成立する。
2 ハンドバッグを持ち去った行為について
(1) 乙が甲と共にAのハンドバッグを持ち去った行為につき、甲と同様に強盗罪は成立しない。では、窃盗罪が成立するか。
(2) 実行行為と故意
 乙には甲と同様に窃盗罪の実行行為をしたといえる。
 また、乙の認識は甲と同様にAを殺害し、直後にAのハンドバッグを持ち去るというというものであり、窃盗罪の故意が認められる。
(3) 不法領得の意思
 乙は甲と異なりAのハンドバッグを質屋で換金しようと考えている。これは、本権者であるAを排除し財物の経済的用法に従い利用処分する意思といえる。よって、不法領得の意思が認められる。
(4) よって、窃盗罪が成立し、器物損壊罪の限度で甲との共同正犯となる。
3 Bへの暴行について
(1) 甲乙が共同してBを「傷害」した行為につき、傷害罪の共同正犯が成立する。
(2) 事後強盗の成否
 では、事後強盗が成立するか。
 乙にはAに対する窃盗罪が成立することから、「窃盗」といえる。
 事後強盗も強盗であるから、「暴行」は強盗罪の場合と同様に相手の犯行を抑圧するに足りる暴行であることが必要と解する。甲は乙と共にBの顔面や胸部を殴打し、地面に倒れ込む程の暴行を加えていることから、反抗を抑圧するに足りる「暴行」といえる。
 この暴行は甲乙が逃走し「逮捕を免れる」ために行われている。暴行は、逮捕を免れるためであれば、窃盗の被害者に対するものに限られない。
 よって、事後強盗が成立する。Aへの窃盗罪および傷害罪の共同正犯は事後強盗に吸収される。
第3 結論
1 甲の罪責
 Aに対する傷害罪の共同正犯および器物損壊罪の共同正犯、Bに対する傷害罪の共同正犯が成立し、併合罪(45条前段)となる。
2 乙の罪責
 Aに対する傷害罪の共同正犯およびBに対する事後強盗罪が成立し器物損壊罪の限度で共同正犯となる。併合罪となる。

以上


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