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刑法事例演習教材14「燃え移った炎」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

1 甲乙丙は、洞道から一時退出する際にトーチランプの消火を怠っており、これによりトーチランプから防護シートに火が燃え移ったのち、洞道壁面を焼損していることから、業務上失火罪(117条の2、116条2項、110条1項)が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 客体
ア 放火罪・失火罪は、木造建築物の多い我が国における火災の危険性から特に重罰規定を置いたものと解されるところ、同罪における「建造物」とは家屋その他これに類似する工作物であって、本件洞道はこれに該当しない。
イ また、「鉱坑」も、同様に火災の危険が極めて大きい炭鉱等の坑道を指すと解され、本件洞道はこれに該当しない。その他、「汽車、電車、艦船」にも該当しないことは明らかである。
ウ よって、本件洞道は「建造物等以外」として110条1項の客体に該当する。
(2) 焼損
ア 放火罪・失火罪が重く処罰されているのは、火が容易に燃え広がる性質を持ち、公共の危険を生じやすいからである。よって、「焼損した」(116条2項)とは、毀棄罪における損壊等にとどまらず、火が媒介物を離れて独立に燃焼を継続しうる状態に達したことをいうと解する。
イ 本件では、洞道壁面が225メートルも燃え広がっており、独立に燃焼していたと認められるから、建造物等以外の物たる洞道壁面を「焼損した」といえる。
(3) 公共の危険
ア 建造物等以外に対する失火が可罰的となるには、「公共の危険を生じさせた」ことが必要である(117条の2、116条2項)から、「公共の危険」の意義が問題となる。
イ 放火罪・失火罪が特に重く処罰されているのは、木造建築物の多い我が国において建造物火災は延焼によって容易に拡大し、生命・身体・財産に対する多大な危険が生じやすいからである。したがって、「公共の危険」についても、108条・109条1項の建造物等に対する延焼の危険と解するのが原則である。
ウ しかし、延焼による拡大は建造物以外を介しても生じうるし、火はその性質上、不燃性の物であってもそれを高温に熱したり、煙や有毒ガス等を発生させることで、延焼を伴わずに生命・身体・財産に対する侵害を拡大させる危険が大きい。そうだとすれば、「公共の危険」について建造物等への延焼の危険に限定すべきではなく、不特定又は多数の人の生命・身体・建造物等以外の財産に対する危険も含まれると解する。
(4) 本件では、大量の煙によって多数の人が避難を余儀なくされるなど、多数の人の生命・身体への危険が生じている。よって、「公共の危険」は生じたといえる。
3 過失の共同正犯の肯否
(1) 本件では、甲と乙が各1個ずつトーチランプを使用し、そのいずれかが出火の原因であることは判明しているが、実際にいずれが原因となったかは明らかでない。そうすると、甲らのいずれの行為が火災に至る因果の起点となったか確定できず、行為と結果との因果関係を肯定できないから、甲らは単独犯としてはせいぜい過失犯の未遂犯となり、不可罰である。このように、既遂結果の発生にもかかわらず既遂犯の罪責を負う者がいなくなることは、法感情に反し妥当でない。そこで、因果の起点がいずれの行為であっても既遂犯として帰責するため、甲らに共同正犯が成立しないか検討する必要があるが、過失の共同正犯が成立しうるのか問題となるため、以下検討する。
(2) この点、共犯の処罰根拠は、他人の行為を介して法益侵害結果を惹起する点にある。確かに、過失犯では、故意犯のように意思を連絡して犯罪を共同実行するということは考えられないが、客観的には結果発生の危険のある行為について、結果発生の認識なく共同実行するということは十分ありうる。そうだとすれば、過失犯であっても、かかる危険な行為を共同実行したことについては物理的因果性が認められる。また、当該行為の実行につき意思連絡があれば、互いへの信頼から過失を助長・強化し合うという心理的因果性も認められる。よって、互いの過失行為を介して結果惹起に因果性を及ぼしうるから、過失の共同正犯も肯定されうる。
(3) もっとも、過失の共同正犯を認めると処罰範囲を不当に拡大するおそれがあるから、その成立は、他の行為者の過失行為による結果発生を自己の過失行為によるものと同視しうるような場合に限定すべきであると解する。すなわち、共同者が、同一の結果防止のために重畳的に共通の注意義務を負担しており、各自が自己の注意義務さえ尽くしていれば必然的に他の行為者の過失による結果発生をも防止しえた、というような場合であることが必要である。
(4) 一方、他の共同者の行為についても注意を払わなければならないという相互監視義務がある場合については、他の共同者の行為について注意をしなかったということ自体から過失を認めうるので、過失同時犯として処罰すれば足り、かかる場合には過失の共同正犯を認める必要はない。
4 本件での共同正犯の成否
(1) 過失行為の共同実行の有無
甲らは、洞道内におけるトーチランプを使用した作業という火災の危険のある行為を共同で行っており、当該行為を行うことについては意思連絡があるから、各自が火災結果につき因果性を有しているといえる。
(2) 共通の注意義務の有無
ア 甲は、本件作業における現場主任であったことから、甲には作業員全員の行為に気を配り、危険な行為があればこれを是正して災害を防止すべき立場にあったと解すべきである。そして、洞道内での火災が極めて危険であることに鑑みれば、甲には、退出時に全てのトーチランプについて消火を確認する義務があったと認められる。
イ 乙は単なる現場作業員であるが、本件作業は見習作業員の丙を含めたわずか3人のみで行われ、甲は丙に対する個別指導も行なうなど現場主任としての本来の職務に専念できない状態でもあった。そうだとすれば、甲と乙は実質的には対等に近い立場にあったものと考えられ、乙についても、甲と同様、退出時に全てのトーチランプについて消火を確認する義務があったと認められる。
ウ 丙については、見習作業員であって、現場の作業についても指導を受けながら行っていたものであるから、安全確認についても甲乙に従ってこれを行う義務があったとしか認められない。
エ 以上より、甲乙には、それぞれ全てのトーチランプに対して消火確認をする義務があったと認められ、甲乙各自が自己の義務を尽くしさえすれば、必然的に他方の消火確認懈怠による結果をも防止しえたといえる。一方、丙にはかかる関係は認められない。よって、甲乙は共同正犯として互いの行為による結果発生についても帰責され、丙にはかかる関係が認められない。
(3) 具体的な過失の有無
ア 過失の共同正犯が成立するためには、更に各行為者における具体的な過失の有無を検討する必要がある。なぜなら、他の者の行為について共同正犯として帰責されうるとしても、共同行為からの結果発生にすら予見可能性及び結果回避可能性がないのであれば、結果を予見しえたのにこれを怠ったという責任非難はできないからである。
イ 本件では、「洞道外に退出するにあたり、…火災が発生する危険があり、これを十分に予見することができた」とされており、甲乙いずれについても、共同で退出した行為から結果が発生することの予見可能性はあったと認められる。
ウ また、トーチランプの確認及び消火は容易にできるので、結果回避可能性も認められる。
(4)  よって、甲乙には業務上失火罪の共同正犯が成立し、丙は罪責を負わない。

以上


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