日々起案

田舎で働く弁護士が、考えたことや気になったことを書いています。

刑法事例演習教材27「欲深い売主」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

第1 甲の罪責について
1 Aに売却した土地(以下「本件土地」という)をBに二重譲渡した行為について
(1) Aに対する横領罪
ア 既にAに売却した本件土地を、移転登記未了を利用してBに売却した行為は、横領罪(252条1項)に該当しないか、以下検討する。
イ 構成要件該当性
(a) まず、本件土地は「他人の物」にあたるか問題となる。民法上は当事者の意思表示のみで物権が移転するのが原則であるし、本件では、代金の8割が支払済みであるから、本件土地はもはやAの所有に帰したと認められ、「他人の物」に該当する。
(b) また、横領罪における「占有」とは、本権者との委託信任関係に基づくものであり、物に対する事実的支配のみならず、法律的支配も含むと解する。なぜなら、占有離脱物横領(254条)との関係から252条の占有は本権に基づくことを前提としていると解されるし、委託信任関係を前提とした本罪は、奪取によらずとも法律上容易に他人の物を処分しうるという処分可能性を問題とした罪であると解されるからである。
 甲は登記上の名義を有し、民法上有効に別人に所有権移転をなしうる地位にあるから、本件土地を「占有」しているといえる。そして、甲は売買契約に基づきAに対して登記移転協力義務を負うと解され、かかる占有はAとの委託信任関係に基づいて成立しているといえる。
(c) 横領罪は領得罪であるから、「横領」とは、不法領得の意思を実現することと解される。横領罪にいう不法領得の意思は、占有侵害を伴わないことから権利者排除意思は不要であるが、毀棄罪との区別の必要性はなお認められるので、委託の趣旨に反して他人の物を利用処分する意思であると解する。
 Bに対する登記移転がなされないうちは、なおAは民法上本件土地の所有権を失わない。AがBより先に登記を具備すればAの所有権は確定的となりうるのであるから、Bに登記移転がなされる前にはいまだ不法領得の意思が実現したとはいえないと解すべきである。
ウ 以上より、Bが売買契約を解除し、登記具備に至らなかった本件では、甲には横領罪の未遂が成立するにとどまり、横領罪には未遂犯処罰規定がないため不可罰である(44条)。
(2) Bに対する詐欺罪
ア 既にAに売却済みであることを秘して本件土地をBに売却した行為は、Bに対する詐欺罪(246条1項)に該当しないか。
イ 構成要件該当性
(a) 単に事実を秘する行為も、相手方の錯誤を生じさせ、これを認識しつつ利用していることから詐欺行為に該当する。また、かかる詐欺によってBは2500万円を交付している。
(b) 詐欺罪は財産犯である以上、財産的損害も不文の構成要件であると解すべきであるところ、BはAより先に登記を具備すれば確定的な所有権を得られるのであるから、財産的損害がないのではないか、問題となる。確かに、所有権を得ても民事紛争に巻き込まれる可能性は高く、本件ではAがBの会社の取引相手であることなどから、対立的地位に立つという不利益が生じうる。しかし、取引内容に含まれないような周辺的な不利益まで詐欺罪の損害に含めることは、損害概念の過度の拡張となり妥当でない。よって、取引によって事後的に生じうる紛争リスクについては詐欺罪の損害とは認められない。Aの登記具備による所有権の喪失が生じていない本件では、Bに財産的損害は認められず、甲に詐欺既遂罪は成立しない。
ウ 未遂罪
(a) 詐欺既遂罪が成立しないとしても、代金2500万円の交付は行われていたのであるから、詐欺未遂罪(250条、246条1項)が成立しないか。「実行に着手」(43条)しているかが問題となる。
(b) 未遂罪の処罰根拠は、処罰が必要な程度に法益侵害の実質的危険が生じていることにある。よって、実行の着手があるというためには、法益侵害の実質的危険が生じていることを要する。
(c) 本件では、Aは登記移転に必要な書類の入った金庫のパスワードを知っており、いつでも登記を具備できる状態にあった。すなわちBはいつでも本件土地の所有権を喪失する可能性があったのであり、かかる状態のまま代金2500万円を交付した時点で、Bに2500万円の損害が生じる実質的危険が生じていたといえる。よって、本件では実行の着手が認められる。
エ 以上より、甲には詐欺未遂罪が成立する。
2 本件土地にCのための抵当権を設定した行為について
(1) 本件土地にCのための抵当権を設定し、これによりCから融資を受けた行為は、横領罪に該当しないか。
(2) 構成要件該当性
ア 前述のように、本件土地はAの所有する「他人の物」と解され、甲は本件土地に対し委託信任関係に基づく「占有」を有する。
イ そして、甲は不動産の交換価値を掌握させる抵当権を設定し、これにより融資を得ようとしていることから、完全な所有権を移転するというAとの委託の趣旨に反し、他人の物を利用処分するという不法領得の意思が認められる。
ウ Cは抵当権設定登記を具備し、対抗要件を備えているから、かかる不法領得の意思を実現する行為がなされたといえ、甲の行為は横領罪の構成要件に該当する。
(3) 故意
 甲は以上の行為につき認識を欠くところがないから横領罪の故意が認められる。
(4) 以上より、甲にはAに対する横領罪が成立する。
3 本件土地を乙に二重譲渡した行為について
(1) 移転登記未了を利用して本件土地を乙に売却した行為は、横領罪に該当しないか問題となる。
(2) 構成要件該当性
ア 前述のように、本件土地はAの所有する「他人の物」であり、甲は委託信任関係に基づきこれを占有する者であるから、本件土地を乙に売却し代金を得る行為は、横領罪の構成要件に該当する。
イ そして、乙に対しては移転登記を完了しており、Aは確定的に本件土地の所有権を失っているから、不法領得の意思が実現したといえ、既遂に達している。
(3) 故意
 甲には以上の構成要件該当行為につき認識を欠くところがないから、横領罪の故意も認められる。
(4) 横領物の横領の可否
ア 本件土地は、Cに対する抵当権設定により既に不法領得されている。とすれば、同一の物を二度横領することはできないとして、乙に対する売却についてはいわゆる不可罰的事後行為となり、処罰しえないのではないかが問題となる。
イ 横領罪は、他人の物に対する処分可能性を問題とするという性質から、占有侵奪を伴う財産犯と異なり、領得行為後もなお客体が保護すべき状態で残存しうる。そうだとすれば、かかる状態にある客体に対して行われた第二の横領行為についても、可罰的な法益侵害があると解すべきである。本件では、第一の横領では抵当権の設定が確定したにすぎず、Aは完全に所有権を喪失したわけではないから、本件土地はなお横領罪により保護すべき状態を維持しており、これに対する第二の横領は可罰的である。
(5) 以上より、甲にはAに対する横領罪が成立する。

第2 乙の罪責について
1 乙は事情を知りつつ甲から本件土地を買い受けているが、かかる行為は甲のAに対する横領罪の共同正犯(60条)に該当しないか。
2 確かに、乙は甲の行為が横領罪に該当することを認識しつつ、これに不可欠な買い受け行為を行っている。しかし、民法上、二重譲渡の第二譲受人は単純悪意である限り保護され、正当な権利者として認められている。そうだとすれば、単純悪意の第二譲受行為は、刑法の謙抑性の観点から刑法上も適法と解すべきである。
3 以上より、特に乙の背信性を基礎づける事情のない本件では、乙の行為は横領罪の共犯とならないと解される。

第3 罪数
 甲には、Aに対する2個の横領罪とBに対する詐欺未遂罪が成立する。ただし、前二者はいずれも同一の法益を侵害行為であって、一方の処罰で他方についても評価を尽くせる共罰的行為の関係にあるから、包括一罪となる。そして、これと詐欺未遂罪は併合罪となる。

以上


刑法事例演習教材 刑法事例演習教材 第2版