日々起案

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刑法事例演習教材23「即断3連発」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

【※罪名等は当時(刑法改正前)のもの】

第1 Bの胸をまさぐり、首筋にキスをした行為について
1 甲はBを背後から羽交い絞めにしてその胸をまさぐり、首筋の数か所にキスをしている。Bは男性であり「女子」を被害客体とする強姦罪(177条)は成立しえないが、Bに対する強制わいせつ罪(176条)が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 強制わいせつ罪の保護法益は個人の性的自由であるから、「わいせつな行為」とは、人の性的羞恥心を害する行為であると解する。
(2) 胸をまさぐり、首筋にキスをする行為は、性交渉に近いものであって、人の性的羞恥心を害するのに十分な行為であるから、甲の上記行為は「わいせつな行為」に該当する。
(3) また、「暴行」とは人の身体に対する不法な有形力行使をいい、「脅迫」とは一般人をして畏怖せしめるに足る害悪の告知をいう。そして、強制わいせつ罪における「暴行」「脅迫」は、相手の反抗を著しく困難にする程度のものであると解される。
(4) 本件では、甲はBを背後から羽交い絞めにして胸をまさぐり、首筋にキスをするなど、わいせつ行為自体が不法な有形力行使となっており、その回避が著しく困難であったほか、「刃物を持っているんだ、おとなしくいうことを聞けば殺しはしない」などと抵抗すれば殺すという意味の言葉もかけているから、人を畏怖させ、反抗を著しく困難にする害悪の告知がある。
(5) よって、甲の上記行為は強制わいせつ罪の構成要件に該当する。
3 故意
(1) 抽象的事実の錯誤
ア 甲はBをA女だと誤信して、すなわち強姦の故意で上記行為を行っていたのであるから、Bに対する強制わいせつ罪の故意が認められないのではないか。
イ この点、故意とは構成要件的結果の認識であるから、異なる構成要件間の錯誤は原則として故意を阻却する。しかし、構成要件に実質的な重なり合いがある場合には、その限度で、一方の構成要件的結果の認識により他方の構成要件的結果も認識していると評価できる。よって、その重なり合う限度で故意を認めてよいと解する。
ウ 甲は強姦罪を犯す意思で強制わいせつ罪を犯しており、強姦罪は強制わいせつ罪のより重大な類型として重罰を科すものであると解されるから、両者は強制わいせつ罪の限度で重なり合う関係にある。よって、甲には強制わいせつ罪の故意が認められる。
(2) 客体の錯誤
ア また、被害客体がAとBで異なっているところ、かかる点でも故意が阻却されないか問題となる。
イ この点、構成要件は被侵害法益の主体ごとに判断するから、故意の判断においても被害者の個別性は無視できないが、甲は現にBを認識してBにわいせつ行為を行っており、その人がAであるとの認識は評価の問題に過ぎないから、主観と客観で事実に齟齬はなく、錯誤は認められない。よって、故意は阻却されない。
4 以上より、甲にはBに対する強制わいせつ罪が成立する。

第2 Bに対する傷害について
1 甲は人違いに気付いて逃げようとしたところ、Bに追いつかれたため、Bの胸を強く押して転倒させた上背後にあった岩石に頭を打ち付けさせ、加療40日間の重傷を負わせている。かかる傷害結果により、甲には更に強制わいせつ致傷罪(181条1項)が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) Bへの傷害結果は、逃走のための暴行により生じたものであるが、かかる場合も強制わいせつ致傷罪に該当するか。
(2) 181条1項は、強制わいせつの機会に被害者に死傷結果を及ぼすことが刑事学上顕著な事実であることから、特に重く処罰したものである。よって、死傷結果は、強制わいせつ行為及びこれに続く行為、すなわち先行する強制わいせつ行為と時間的・場所的に近接した段階における行為によって生じたものを意味すると解する。
(3) 本件では、甲は強制わいせつ行為後逃げようとしてすぐに追いつかれ、強制わいせつの現場のすぐそばでBを傷害させている。よって、強制わいせつ行為に続けて、これと時間的にも場所的にも近接した段階における行為により傷害結果を発生させているから、かかる傷害結果は強制わいせつ致傷罪の致傷といえる。
3 過失
(1) 強制わいせつ致傷罪は、結果的加重犯であるところ、責任主義の観点から加重結果の発生についても過失すなわち予見可能性が必要であると解する。
(2) そして、身体能力で優る甲がBを強く押せばBが転倒すること、林道で人が転倒すれば、岩などにより頭部を打ち怪我をすることも十分予見可能であったといえるから、甲にはBの傷害結果につき過失が認められる。
4 以上より、甲には強制わいせつ致傷罪が成立する。

第3 Bを繁みに隠した行為について
1 甲は、転倒により頭を打って失神したBを、10メートルほど運んで林道の繁み深くに隠している。これにつき保護責任者遺棄罪(218条)又は単純遺棄罪(217条)が成立しないか。
2 保護責任者遺棄罪
(1) 「保護する責任のある者」
ア 保護責任者遺棄罪の成立には、行為者が「保護する責任のある者」であることが必要であるから、まずこの要件について検討する。
イ 「遺棄」を、作為により要扶助者に生命・身体の危険を創出させる行為であると解すると、不作為行為たる不保護によっても処罰される「保護する責任のある者」とは、かかる危険を排他的に支配しうる地位にある者と解すべきである。ただし、自らの意思によらずに排他的支配が生じた場合には、要扶助者との間に社会生活上の継続的な保護関係があることも必要とすべきであると解する。
ウ 本件では、人気の少ない林道とはいえ、通行人が通りかかれば確実に発見される場所であって、夜10時と人が通りかかることも期待しうる時間帯である。また、少なくとも本来の待ち伏せ対象であるAはそこを通行する可能性が高かったといえる。よって、甲に排他的支配があったとまではいえず、甲は「保護する責任のある者」には該当しない。
(2) 甲は「保護する責任のある者」に該当しないから、保護責任者遺棄罪は成立しない。
3 単純遺棄罪
(1) 構成要件該当性
ア 客体
 Bは頭を打って失神していたのであるから、「疾病のために扶助を必要とする者」に該当する。
イ 「遺棄」
 不作為による置き去りまで「遺棄」に含めると処罰範囲が拡大しすぎることから、「遺棄」とは要扶助者の作為による移置であると解する。本件では、甲はBを10メートル離れた場所に移動させているから、「遺棄」に該当する。
(2) 故意
ア 甲は、Bが死んだものと誤信して、すなわち死体遺棄罪(190条)の故意でBを遺棄しているから、単純遺棄罪の故意が阻却されないか。
イ この点、異なる構成要件間の錯誤でも構成要件が実質的に重なり合っていればその限度で故意を認めうる。しかし、単純遺棄罪は人の生命・身体を保護法益としているのに対し、死体遺棄罪は風俗・慣習に対する国民感情を保護法益とし、その行為態様としても、生者の遺棄と死体の遺棄では全く異なる。
ウ よって、構成要件の重なり合いは認められず、甲には単純遺棄罪の故意は認められない。
(3) 以上より、Bを繁みに隠した行為について甲は何らの罪責も負わない。

第4 Bの現金を持ち去った行為について
1 窃盗罪の成否
(1) 甲はBの財布から現金5万円を持ち去っているから、窃盗罪(235条)が成立しないか。
(2) 構成要件該当性
ア 甲はBの現金を許可なく持ち去っており、「他人の財物」について占有を侵害しているから、「窃取」したといえる。
イ また、毀棄罪との区別の必要から、窃盗罪には本権者を排除し財物を利用処分するという不法領得の意思が必要と解される。本件では、甲は遊興目的で費消するために持ち去っているから、不法領得の意思が認められる。
(3) 故意
ア 甲はBが死んだものと誤信しているから、占有侵害について認識がなく、故意が阻却されないか。
イ この点、占有とは物に対する事実的支配を意味するから、物に対する支配を有しえない死者には占有も認められないと解すべきである。そうだとすれば、Bを死者と誤信している甲には占有の認識がなく、窃盗罪の故意が阻却される。
ウ これに対し、死亡させた者との関係では、生前の占有が死亡直後においてなお保護されるとの見解もあるが、占有の喪失時期をあいまいにすることから妥当でない。
2 占有離脱物横領罪の成否
(1) 甲は、占有離脱物横領罪の故意で窃盗罪を犯しているから、窃盗罪では処罰できない(38条2項)。そこで、主観面の認識に対応した占有離脱物横領罪で処罰できないか。窃盗罪の構成要件該当行為が占有離脱物横領罪の構成要件にも該当するといえるか問題となる。
(2) この問題を検討すると、一方において、占有離脱物横領罪は所有権を保護法益としている。他方、窃盗罪は、他人の占有する自己の財物をも保護対象としている(242条)ことから、占有自体を保護法益としているとも思える。しかし、正当な権限に基づかない占有まで保護する必要はないし、242条は「自己の財物であっても」「他人の財物とみなす」として、あくまで例外的に他人の占有する自己物を財産犯の客体としている。よって、窃盗罪の保護法益は本来的には所有権その他の本権であって、占有については、本権に基づく場合、又は本権に基づいて開始したが現在ではその存在について争いがあるような場合に限り、これを保護する趣旨であると解すべきである。そうだとすれば、両罪はいずれも領得行為により所有権を侵害する罪であって、占有侵奪を伴わない占有離脱物横領罪の限度で構成要件を同じくしているものと解される。
(3) よって、窃盗罪の実行により占有離脱物横領罪をも実行したといえるから、甲は軽い主観面の認識に対応した占有離脱物横領罪の罪責を負う。

第5 罪数
 甲には強制わいせつ致傷罪と占有離脱物横領罪が成立し、両者は併合罪(45条)となる。

以上


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