刑法事例演習教材04「黄色点滅信号」
受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。
1 甲は、自己の運転中の事故によりBを死亡させているから、自動車運転過失致死罪(刑法(以下同法名省略)211条2項)の罪責を負わないか。以下検討する。
2 構成要件該当性
(1) 甲は、自己の運転する自動車を徐行させずに本件交差点に進入し、Aの自動車と衝突させており、Bはその衝撃で車外に放り出され、これにより脳挫傷等で死亡しているから、「自動車の運転」により「人を死傷させた」と言える。
(2) また、Bの死亡結果は、徐行せずに本件交差点に進入した甲の行為の危険が現実化したものであって、因果関係が認められ、甲の行為は自動車運転致死罪の構成要件を満たす。
3 過失
(1) 過失の意義
ア しかし、甲は「必要な注意を怠」ったと言えるのか、過失の有無が問題となる。
イ そもそも、過失は故意と並ぶ責任要素であり、その本質は、精神を緊張させていれば結果を認識・予見しえたにもかかわらず、これを怠ったことに対する責任非難である。従って、過失とは、予見可能性を前提とした予見義務であると解される。
ウ そして、責任主義の観点から、予見可能性は抽象的なものでは足りず、特定の構成要件結果に対する具体的な予見可能性を要する。
エ また、結果の予見可能性があっても、それを回避することが不可能であれば非難しえないから、結果回避可能性が無い場合には、責任要素たる過失が否定されると解する。
(2) 予見可能性の有無
ア 甲は、見通しの悪い本件交差点に徐行せず侵入しているから、道路交通法42条の徐行義務を怠っているが、行政法規への違反が直接に構成要件結果につながるわけではないから、これから直ちに衝突の予見可能性を認めることはできない。
イ もっとも、黄色の点滅信号は、衝突事故が生じやすく徐行が必要な場所に設置されるものであって、甲の進入時に左右から車両が進入してくるということについては予見できたと言える。
ウ 更に、本件交差点は、時速20キロメートルで進入した場合でも、停止に必要な6.42メートル手前の地点で、衝突地点から28.50メートルの地点にいるはずの車を視認できないほど見通しが悪かった。甲は実際には時速30ないし40キロメートルで走行していたから、その停止可能距離はより長く、視認可能範囲はより狭くなっていたと解される。しかも、本件交差点では優先道路の指定がなかったから、左右からの車が、甲と同程度の速度で走行することは全く不自然ではない。以上の状況に鑑みれば、減速せずに本件交差点に進入すれば、左右からの車を視認可能となった時点で衝突を避けがたくなるであろうことは、経験則上明らかである。
エ 一方、衝突車の運転者Aは、時速70キロメートルの高速度で徐行も一時停止もせずに交差点に進入しており、かかる通常想定しがたい行為は、結果の予見を困難にする要素と言える。しかし、進入車両の速度や一時停止・徐行の有無は、左右からの進入車両がありうること自体とは関係がなく、単に当該車両を認識可能となった時点から衝突までの制動に必要な時間が短くなるにすぎない。そして本件では、上記のようにAが甲と同程度の速度で進入してきた場合ですら衝突の危険は大きかったのであるから、Aの上記違法行為があったとしても、甲に予見可能性があったことを認定しうる。
オ 以上を考慮すると、本件衝突事故に対する甲の予見可能性は肯定され、その場合には、横からの衝突の危険性から同乗者Bが死傷することについても、予見可能性を肯定できる。
(3) 結果回避可能性の有無
ア 本件では、時速10キロメートルないし15キロメートルに減速し、通常人に可能な限度で結果回避措置をとったとしても、なお衝突を回避できたとは断定できない。
イ 過失は罪となるべき事実であるから、過失の前提である結果回避可能性については、合理的な疑いを容れない程度の立証が無ければ結果回避可能性があったと認定することはできない。
ウ 本件では、上記のように結果回避可能性の存在に合理的な疑いがあるから、過失を認めることはできない。
4 以上より、甲は無罪となり罪責を負わない。
刑法事例演習教材03「ヒモ生活の果てに」
受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問03の回答例。
甲の罪責
第1 傷害罪(204条)
1 甲はBを殴打し脳内出血等を負わせているため、傷害罪が成立しないか。
2 構成要件該当性
「傷害」とは、不法な有形力の行使等により人の生理的機能に不良な変更を加えることをいう。
平成20年12月20日午後11時15分ころ、甲はBの左頬を平手で1回殴打した後、Bの頭部右側を手拳あるいは裏拳で断続的に5回にわたり殴打した。その結果Bは、硬膜下出血、くも膜下出血等の傷害を負った。
甲の殴打行為によって、Bの頭部に上記の傷害を負わせているから、Bの生理的機能を害したといえる。したがって、「傷害」に該当する。
3 因果関係
Bは翌日21日午前3時ころ、上記傷害に伴う脳機能障害により死亡している。死の結果は甲の傷害行為によるものであるから条件関係は認められるが、相当因果関係が認められるか。
(1) 相当因果関係により条件関係を限定することで、偶然的と思われる結果惹起は構成要件的結果から排除されるべきである。なぜなら、そのような結果惹起を処罰の対象としても、類似の結果発生の予防にはつながらないからである。そこで相当性は、構成要件的行為と結果発生の関連性のほか、介在事情がどの程度結果発生に寄与したかを具体的に判断する必要がある。
したがって、具体的な因果経過を対象とし、構成要件的行為と結果との関連性、介在事情の発生原因、介在事情の予見可能性、結果に対する寄与の程度を考慮して判断する。
(2) これを本件についてみると、甲の殴打行為は硬膜下出血、くも膜下出血の傷害をおわせるもので、脳の損傷を引き起こす程度の強度はそれ自体として死の結果を惹起させる危険な行為である。
介在事情の発生原因は、甲の故意行為であり、別途の犯意・動機に基づくものである。傷害後に別途生じた殺意は、傷害の時点で予見可能性があるものではない。
すぐ治療を受けさせていればBの救命は確実だったこと、及び、治療設備の整った総合病院が車で10分程度の場所にあり、実際に治療可能であったことからすると、甲の不作為行為がなければほぼ確実に救命できた。甲にはBを救助する作為義務があるにもかかわらず、殺意をもってあえてBを放置しており、甲の不作為行為がBの生命の行く末を支配していたといえる。したがって、甲の不作為行為が死の結果に強く寄与しているといえる。
(3) 以上を考えると、死の結果は傷害からではなく、介在事情である甲の不作為行為により惹起されたと考えられるから、傷害と死の結果との間に相当因果関係は認められない。
4 故意
故意とは犯罪事実の認識・予見のことをいう。甲は、上記殴打行為を認識して行っている。傷害は暴行の故意があればよいが、責任主義の観点から加重結果の過失(予見可能性)が必要となる。
たとえ素手であっても、4歳の子どもの頭部を連続して殴打すれば脳内出血等の傷害が発生することは予見可能である。
したがって、傷害の故意は認められる。
5 結論
以上により甲には傷害罪が成立する。
第2 殺人罪(199条)
1 甲は意識を失ったBを命が危ないと思いつつ放置して死なせているから、不作為の殺人罪が成立しないか。
Bに適切な治療を受けさせないまま放置することが不作為の殺人罪の実行行為として評価されるためには、甲に、Bに病院で治療を受けさせる作為義務が認められることが必要である。したがって、作為義務の存否が問題となる。
2 不作為犯における作為義務
(1) 不作為犯は国民の自由の保障と法益保護の必要性の調和から、作為犯と構成要件上同価値と認められる場合、すなわち特定の法益を保護する義務(作為義務)がある場合に限り処罰することができると考える。
(2) そして、作為義務が認められるためには、作為による結果惹起と同価値でなければならないから、すでに発生している因果の流れを自己の掌中に収めること、すなわち、意思に基づき法益に対して排他的支配を有していることが必要となる。
なぜなら、意思に基づかないで排他的支配を獲得する場合にまで作為義務を認めることは酷な結果となるからである。この場合には、親子関係など社会継続的保護関係の有無などを考慮して作為義務の有無を決する。
(3) 本件についてみると、甲はBの母親であり、Bと同居して自己の監護下に置いている。乙も同居しているものの、10月過ぎにはBの一切の世話をやめていた。
そして、Bが意識を失った際には乙から病院へ連れて行った方がいいのではと言われたものの「ちょっと気を失っただけ」とか「私に任せておいて」などと乙の関与を阻害している。このように考えると、Bの生命につき排他的支配があるといえる。
甲の殴打行為によりBに傷害が生じているのであるから、甲は、Bの生命を脆弱化させ、死への危険を創出させた張本人である。したがって、甲自らが因果の起点を設定しているといえ、意思に基づくものであるといえる。
Bは傷害を受けた時点ですぐに治療を受けさせれば確実に救命できたのであり、且つ、救急車を呼べばすぐに治療が可能な状況にあったのであるから、死の結果を回避することは可能であったといえる。
以上により、甲にはBを病院で治療を受けさせるという作為義務が認められる。
3 構成要件該当性
以上のように、甲には、意識を失ったBを病院で治療を受けさせるという作為義務があり、にもかかわらずこれをせずに放置しているから、不作為の殺人罪の構成要件に該当する。
4 故意
甲は、すぐにBを病院に連れて行って治療を受けさせなければBの命が危ないと思ったが、このままBが死ねば乙との関係もうまくいくと思い、病院へ行くことを拒んでいるため未必の故意が成立しないか。
未必の故意とは、行為者が、犯罪事実の発生を確定的なものとしては認識していないが、その発生がありえないわけではないものと認識している心理状態をいう。
故意は、違法な構成要件から生ずる結果発生の認識・予見がありながら、当該結果を生じさせないような行為に至る動機としなかった場合に認められるところ、確定的な認識がなくとも違法性は十分認識できることからすれば、そのような動機はもちうるため、未必の故意も故意と考えることができる。
甲は、死の結果を予見しつつ、この結果が生ずることを受け入れているから、甲には未必の故意が認められる。
5 結論
以上により、甲には殺人罪が成立する。
乙の罪責
第1 傷害罪(204条)
1 乙は、Bが甲に殴打されていることを認識しつつこれを放置しているが、この不作為が甲の傷害罪との関係でどのように評価されるか。不作為の共犯が問題となる。
そこで、まず前提として、乙に作為義務が認められるか検討する。
2 不作為犯における作為義務
(1) 上述のとおり、作為義務が認められるためには、作為による結果惹起と同価値でなければならないから、すでに発生している因果の流れを自己の掌中に収めること、すなわち、意思に基づき法益に対して排他的支配を有していることが必要となる。
なぜなら、意思に基づかないで排他的支配を獲得する場合にまで作為義務を認めることは酷な結果となるからである。この場合には、親子関係など社会継続的保護関係の有無などを考慮して作為義務の有無を決する。
(2) これを本件についてみると、乙はBと親族関係にはないものの、甲と内縁関係にあり事実上Bを監護する立場にあった。同居については乙が自ら提案し、Bの面倒を見ていた時期もあった。そうすると、排他的支配は認められる。
そして、乙がBを疎んじる態度を示し、甲は乙に嫌われたくない思いからBに暴力をふるいだした経緯を考えると、乙もまた因果の起点の設定に関与しているといえ、意思に基づくものであるといえる。
乙が注意をすれば甲はBに対する殴打をやめていたことからすると、作為義務の履行は可能であるといえる。
(3) 以上により、乙に作為義務は認められる。
3 共犯関係
(1) 以上のように、乙には、Bを殴打する甲の殴打行為をとめるという作為義務があり、にもかかわらずこれをせずに放置しているが、この不作為が甲の傷害罪とどのような共犯関係になるか。
(2) この点、傷害罪における不作為犯の共犯は、実行行為者の暴行行為をとめないという点でのみ結果に因果が及ぶにすぎず、法益侵害の具体的内容は、専ら暴行態様に委ねられている。
したがって、実行行為者と明確な意思連絡がある場合や、具体的な殴打行為に大きく寄与するなど特段の事情がない限り、因果的寄与は少ないといえるから、実行行為者と結果を共同惹起したとまではいえず、幇助(62条1項)が成立しうるにとどまると考える。
(3) これを本件についてみると、乙は、甲とBに対する殴打行為につき明確な意思連絡をしていない。また、具体的な殴打の強度、方法、回数、殴打場所についても何ら関与せず、それらは専ら甲に委ねられていた。そうすると、傷害の結果を共同惹起したというような特段の事情は認められない。
したがって、乙の不作為は傷害の共同正犯にはあたらない。
(4) それでは幇助犯は成立するか、「幇助した」とは、正犯に援助を与えることで構成要件該当行為、結果の惹起を促進することをいう。すなわち、共犯の因果性は単独犯と異なり、物理的因果性のみならず心理的因果性も含まれるから、必須条件関係までは必要ないと考える。したがって、幇助が認められるためには、正犯行為及び結果に対し、心理的あるいは物理的な因果性があり、その行為が実際に犯意を強化し、結果発生を容易にし得る程度のものであればよいと考える。
これを本件についてみると、乙が注意をすれば甲はBに対する殴打をやめていたのであり、にもかかわらず注意しないことは、殴打行為を容易にする環境を作出していたといえ、物理的な寄与が認められる。
したがって、乙の不作為は「幇助した」にあたる。
4 故意
乙は甲がBに対し断続的に殴打している際、同じ部屋におり、殴打が頭部に向けられていることを認識できた。
傷害は暴行の故意があればよいが、責任主義の観点から加重結果の過失(予見可能性)が必要となる。大人の殴打行為が子どもの頭部に及べば傷害が発生しうることは、子どもの監護を経験している乙には経験則上明らかであるから、結果発生を予見することができた。
したがって、傷害の故意は認められる。
5 結論
死の結果は甲の故意行為が介在するため帰責されない。以上により、乙には傷害罪の幇助犯が成立する。
第2 保護責任者遺棄致死罪(218条1項、219条)
1 乙は、Bを保護する立場にありながら、監護行為を行わず、その結果Bを死なしてしまったから、保護責任者遺棄致死罪が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) Bは傷害を負っており「病者」にあたる。
(2)ア 「保護する責任のある者」とは、要扶助者に生じうる危険の不発生を日々配慮しなければならない者であるから、一回的な作為義務とは異なる、継続的な保護関係に基づく、またはこれに準ずる作為義務がなければならない。その判断は、すでに発生している因果の流れを自己の掌中に収めること、すなわち、法益に対して排他的支配を有していることが必要となる。
そして、継続的保護関係がない場合でも意思に基づく行為がある場合には保護を期待されるべき者であるといえるから作為義務を肯定することができると考える。
イ 乙はBと親族関係にはないものの、甲と内縁関係にあり事実上Bを監護する立場にあった。同居については乙が自ら提案し、Bの面倒を見ていた時期もあった。この事実から、乙はBの事実上の父としての役割を負担しているといえるから、母たる甲と共に排他的支配があるといえる。そして、甲が「Bは・・・大丈夫」などと言って病院へ搬送することを拒否しているのであるから、生命の危険からBを救助できる者は乙しかいなかった。したがって、乙に排他的支配が認められる。
ウ 乙は、甲のBに対する傷害創出を幇助した者であり、因果の起点の設定に関与しているといえ、意思に基づくものであるといえる。
エ Bは傷害を受けた時点ですぐに治療を受けさせれば確実に救命できたのであり、且つ、車で搬送すればすぐに治療が可能な状況にあったのであるから、死の結果を回避することは可能であったといえる。
オ そうすると、乙は、Bの事実上の父として継続的に監護する立場にありながら、自己の傷害罪の幇助行為によって傷害を負わせ、より一層結果回避に向けた努力を尽くことが求められているといえる。
以上により、乙は「保護する責任のある者」にあたる。
(3) 乙は、病院で治療させるという保護行為をせず、その結果Bは死亡した。
(4) Bは傷害を受けた時点ですぐに治療を受けさせれば確実に救命できたのであるから、死の結果を回避することが可能であり、したがって死との因果関係も認められる。
(5) 乙の行為は保護責任者遺棄致死罪の構成要件にあたる。
3 故意
乙はBをすぐに病院へ連れて行った方がいいのではないかと甲に言っており、Bが病院へ連れて行く必要のある状態であることの認識があった。にもかかわらずこれをせずに放置したため保護責任者遺棄罪の故意は認められる。
保護責任者遺棄致死罪は保護責任者遺棄罪の故意があればよいが、責任主義の観点から加重結果の過失(予見可能性)が必要となる。
乙は、Bを見て死ぬほどの状態ではないだろうと思っているが、わずか4歳のBが頭部を殴打されて気絶しているのであれば、通常は生命の危険を察知すべきである。したがって、死なないと軽信した乙には過失(予見可能性)が認められる。
4 結論
したがって、乙には保護責任者遺棄致死罪が成立する。
5 共犯関係
共犯関係は各人が他人の行為を介して自らの犯罪を実現し、行為に客観的な共同関係があれば足り、罪名まで同一に処理する必要は無い。
なぜなら、共犯とは、複数の者が行為を分担、共同して、各自の犯罪を実現する場合であるから、共同者の故意に対応して、法益侵害が惹起された範囲内において、それぞれの犯罪が成立するのである。
したがって、乙の保護責任者遺棄致死罪は甲の殺人罪と共同正犯(60条)となる。
罪数
以上まとめると、甲には傷害罪と殺人罪が成立し、両者は併合罪(45条)となる。
乙には傷害罪の幇助罪と保護責任者遺棄致死罪が成立し、両者は併合罪(45条)となる。甲の殺人罪と乙の保護責任者遺棄致死罪は共同正犯(60条)となる。
司法試験の勉強:行政法
行政法はとにかく法律解釈なのですが、判例によって確立されている規範は、そのまま表現しなければなりません。特に、処分性や原告適格の判例は、一字一句そのまま暗記し、書き出すことが必須です。
その他、重要論点については、キーワードを問題に合わせて構築していくのが論証の基本になります。
以下、私の受験時代のまとめノートを記載します。本当にキーワードだけの羅列なので、見ただけではよく分からないと思いますが、試験前に短時間でポイントを思い出すにはこのくらいがちょうど良いと思います。
取消訴訟
訴訟要件
- 処分性(3条2項)
- 出訴期間(14条)
- 原告適格(9条1項)
- 被告適格(11条1項)
- 訴えの利益(9条1項)
- 不服申し立て前置
- 裁判管轄(12条)
法律上の争訟
- 行政権限間→内部の問題=争訟性なし
- 財産権の主体としてなら可
- 宝塚パチンコ条例事件(平成14年7月9日)
公益目的≠個人の利益保護→争訟性否定
※批判あり:行政代執行できないものなら可とすべき - 公害防止協定事件(平成21年7月10日)
公益目的の契約履行で民訴認める
- 宝塚パチンコ条例事件(平成14年7月9日)
処分性
定義
「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが、法律上認められているもの」
最判昭和39年10月29日(ごみ焼却場設置計画議決無効事件)
出訴期間
違法性の承継
- 先行処分:出訴期間経過=違法主張不可
- 後行処分に違法性承継されないか
- 一体として一個の法効果を発生させる目的
- 先行行為について手続的保障が不十分
原告適格
「行訴法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条1項にいう当該処分の取消を求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益にあたり、当該処分によりこれを侵害又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有する」
最判平成17年12月7日(小田急事件)
訴えの利益(狭義)
- 訴えの利益(9条1項)=救済可能性
- 判断基準
- 処分の法効果が残存しているか
- 取消の法効果として回復する利益があるか(9条1項但書)
例)給与債権
不服申立て前置(審査請求前置)
- 出訴期間:60日以内→決済から6か月以内
- 順序
- 審査請求中心主義:原則(∵実効性)
- 異議申立前置主義
- 上級行政庁なし
- 個別に法定
- 自由選択主義:不作為(∵促進)
- 原処分主義:取消は原処分に対して行う(10条2項)
※裁決による変更=元々その内容の原処分があったとする(昭和62年4月21日)
仮の救済
執行停止(25条)
- 対象選択(聞かれなくても特定しておく)
- 処分の執行
- 手続の続行
↓(できなければ) - 処分の効力
- 要件
- 「重大な損害」
- 回復困難→重大性あり
- 困難でない→損害の性質・程度、処分の内容・性質を考慮
- 「緊急の必要」
- 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」がない
- 「本案について理由がない」といえない
- 「重大な損害」
- 手続
- 取消訴訟併合提起
- 被告適格
- 管轄裁判所
義務付けの訴え(37条の2、37条の3)
差止め(37条の4)
仮の義務付け・仮の差止め(37条の5)
- 「償うことのできない損害」
- 文言の厳格性及び事前の救済手段という性質から、事後的な救済による回復困難性をより厳格に判断する。
「金銭賠償によることが不可能であるか、又は社会通念上著しく不相当な損害」
違法主張
通常審査(判断代置)
- 権限の違法
- <根拠規定>によれば、<処分内容>をする権限はAにある。
- 本件処分はBが行っており、無権限者による処分として違法である。
- 形式の違法
- <根拠規定>によれば、<処分内容>は~によってしなければならない。
- 本件では、これをしておらず、処分はされていなかったことになる。
- 理由不備(手続の違法)
- 行手法8条1項の趣旨は、①「判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに」②申請者の「不服申立てに便宜を与える」点にある。
- よって、理由には<根拠規定>の適用の基礎となった事実関係を具体的に記載しなければならない。
- 上記趣旨に鑑みれば、事後的な追完は許されないが、差替えは許される。
- 法令解釈の違法
- <処分内容>は<根拠規定>について~との見解の下になされたものである。
- しかし、~であるから、<根拠規定>は~という趣旨と解すべきである。
- とすると、<処分内容>はかかる<根拠規定>の趣旨に反し、違法である。
裁量統制
裁量の存否
- <根拠規定>は、要件or効果について、
- ~条に~という基準を定めている。
- 具体的な基準は何ら定めていない。
- かかる判断については、
- ~であることを要し、これは経験則等に基づいて判断できる。
- ①、②、③などの諸要素を総合考慮した、専門技術的判断を要する。
- よって、
- その判断が行政庁の裁量に属するものとは解されない。
- 法は行政庁に一定の裁量を認めたものと解する。
- そこで、
- ~であるか否かを判断する。→通常審査へ
- かかる裁量判断が、裁量権の逸脱・濫用として違法とならないか検討する。
損失補償・国家賠償
権力の不行使の違法
- 行使すべき権限の特定
- 法規→裁量の有無
- 行政指導・公表
- 法令解釈
- 保護法益
- 適時適切行使義務←裁量を与えた趣旨
- 具体的事実
- 権限行使要件の充足(認識)
- 行使義務(要件充足+重大性)
- 因果関係・有責性
論証例
- ~条の~する権限は、~であるから、裁量に委ねられる。よって、権限の不行使が即違法とはいえない。
- しかし、「権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく不合理と認められるときは、国家賠償法1条の違法にあたる」と解すべきである。
- 権限不行使の合理性判断においては、①被侵害法益の性質・程度、②予見可能性、③結果回避可能性、④当該権限の行使による解決の適切性を総合考慮する。
- ~という保護法益に鑑みると、法は当該権限について適時適切に行使することを要求する趣旨と解される。そして、①<法益>は重大である。また、②~という事情が認識されていたから<予見可能性>があったといえる。③~の時点で~していれば損害を軽減できたから<結果回避可能性>も認められ、④~であるから<処分>以外に確実な防止策はなく、権限行使が適切であったといえる。
- 以上より、Yの権限不行使は国家賠償法1条の違法にあたる。
住民訴訟
択一用の暗記シート
処分性
処分内容 | 処分性の有無 | 判断理由 |
---|---|---|
土地区画整理事業計画決定 | ○ | 換地処分を受ける地位≠一般的・抽象的 |
用途地域の指定 | × | 一般的・抽象的→建築確認で争うべき |
2項道路指定 | ○ | 土地に対する具体的な私権制限 |
水道料金を定める条例 | × | 一般的・抽象的・不特定多数人 |
開発許可要件としての同意 | × | 不同意≠開発の禁止・制限効果 |
労災就学援護費不支給決定 | ○ | 支給請求権の存否確定 |
海難原因解明裁決 | × | 原因解明≠過失確定効 |
輸入禁制品該当通知 | ○ | 最終的な拒否判断の表明=実質的拒否処分の機能 |
病院開設中止勧告 | ○ | 事後の不利益処分が相当程度確実+救済の実効性 |
登録免許税還付通知拒絶通知 | ○ | 簡易手続を利用しうる地位の否定 |
反則金の通告 | × | 通告≠納付義務 |
原告適格
処分内容 | 原告適格の有無 | 保護法益 |
---|---|---|
定期航空運送事業免許 | ○近隣住民 | 騒音 |
原子炉設置許可 | ○周辺住民(29~58km) | 事故災害 |
特急料金認可 | ×個別利用者 | 個別利用権:保護せず |
史跡指定解除 | ×研究者 | 文化財享有権:公益に解消 |
風俗営業許可 | ×該当地域住民 | 風俗環境保全:公益に解消 |
林地開発許可 | ○近隣住民 ×地権者・営農者 |
災害 財産権:保護せず |
総合設計許可 | ○近隣住民 | 倒壊・炎上 |
都市計画事業認可 | ○近隣住民 | 騒音・振動 |
場外車券場設置許可 | ×近隣住民 ○医院開設者(○200m ×800m) |
生活環境:保護せず 健全な環境での医療業務 |
訴えの利益
処分内容 | 問題となった事情 | 利益の有無 | 判断理由 |
---|---|---|---|
更正処分 | 再更正処分 | × | 更正処分は取り消されている |
放送免許拒否 | 他者への免許 | ○ | 競願関係→必然的に全体でやり直し |
運転免許停止 | 期間経過 | × | 法的効果消滅 |
保安林指定解除 | 防災用代替施設設置 | × | 危険消滅=救済すべき不利益なし |
建築確認 | 工事完了 | × | 確認=工事の適法化≠事後処分の前提 |
土地改良事業認可 | 換地完了 | ○ | 原状回復の可否は裁量棄却(31条)の問題 |
再入国不許可 | 出国 | × | 再許可の基礎となる現在留資格消滅 |
換地処分無効確認 | 給付訴訟可 | ○ | 照応原則→土地取戻は求めていない |
原子炉設置許可無効確認 | 民事差止可 | ○ | 紛争の抜本的解決→直截かつ適切 |
FAXで時効援用通知
時効主張の方法については以前にも書きましたが、その時は内容証明郵便を送るという方法でした。
しかし、時効援用の方法には特に限定があるわけではなく、実際、電話での時効援用を認めてくれた業者もあります。内容証明郵便を使うのは、単に証拠が確実に残るからに過ぎません(電話で時効援用した業者については、時効を認める旨の書面と契約書原本を送付してもらいました)。
したがって、FAXや電子メールでの時効援用も十分可能と言えます。電子メールは、そもそも消費者金融等の業者が電子メールでの連絡を受け付けていないので、実際に検討すべきはFAXになるでしょう。
FAXは自分側の機械にも送信記録が残りますが、それだけでは不安です。そこで、時効援用通知の下に、「受領書」欄も付けてFAXをすることが考えられます。
受領しました、という文面に担当者の署名なり押印なりをもらって、FAXを返信してもらうようにすれば、受け取ったFAXが十分な証拠になります。内容証明郵便にかかる手間とお金を考えれば、遥かに簡単です。
問題点は2つ。
- 自力で時効援用する場合、業者が受領後に返信FAXしてくれるか怪しい
- 自力で時効援用する場合、そもそも自前のFAXがなく、返信先を受け取れない可能性がある
弁護士であればこれらの問題はあまり考えられないので、FAXで良いのではないか、とも思うのですが、やはりFAX書面より内容証明の方が確実性が高いので、安全策で内容証明郵便を使ってしまいます。
自分の家にFAX機があり、内容証明郵便を出すのが面倒と思う方は、FAXで時効援用してみるのも一つの手ではないでしょうか。
刑法事例演習教材02「D子は見ていた」
受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問02の回答例。
第1 Aの財布を持ち去った行為について
1 窃盗罪の成否
(1) 甲は、Aの財布を無断で持ち去っているから、Aに対する窃盗罪(刑法(以下法令名省略)235条)が成立しないか。
(2) Aに対する占有侵害の有無
ア 窃盗罪は他人の占有する財物を客体とすると解されるところ、Aは財布を置き忘れて別の場所に移動していたから、財布にAの占有があったといえるのか問題となる。
イ この点、刑法上の占有とは物に対する事実的支配関係と解されるから、物を置き忘れた場合に占有が継続しているかは、客観的に見て社会通念上なお占有者の支配力が及んでいるといえるかで判断すべきであり、具体的には、置き忘れからの①時間的接着性、②距離的接着性、③事実的支配を推認させる客観的状況等を考慮して判断する。
ウ 本件では、Aは財布を置き忘れて6階から地下1階まで降りており、置き忘れに気付いて6階に戻るまで約5分が経過している。
①引き返すまでの5分が長いとはいえないが、②地下1階と6階では距離的に相当離れていたといえるし、③スーパーマーケットのベンチは、あえてそこに財布を置いておくことは通常ありえない場所なので、事実的支配を推認させるような客観的状況もないといえる。
エ よって、Aの財布に対する支配力は社会通念上失われており、財布にAの占有は及んでいないから、Aに対する占有侵害は存在しない。
(3) B、Dに対する占有侵害の有無
ア Aの占有が失われたとしても、その後にB又はDの占有が生じていないか問題となる。
イ この点、不特定多数人の出入りを前提とするスーパーマーケットで、置き忘れられた物が即店の管理に入るような支配力は認められないから、Aの財布にBの事実的支配が及んでいたとはいえない。
ウ また、Dについても、6メートル離れたところから注視していたにすぎず、自らこれを確保又は管理して置き引き等を防止するといった態勢にはなかったのであるから、事実的支配は認められない。
エ よって、甲の財布にはB、Dの占有も生じておらず、甲の行為は占有侵害にあたらない。
(4) 以上より、Aの財布はいずれの占有にも属していなかったのであるから、窃盗罪の客体に当たらず、甲に窃盗罪は成立しない。
2 占有離脱物横領罪の成否
(1) 甲は、占有の失われた財布を持ち去っており、それを自分のものにしようという不法領得の意思も認められるから、占有離脱物横領罪(254条)の構成要件に該当する。
(2) しかし、甲は当該財布をCのものであると思い、Cに対する窃盗の故意で財布を持ち去っているから、錯誤により故意が阻却されないか問題となる。
(3) この点、故意とは構成要件該当事実の認識であるから、異なる構成要件間の錯誤(抽象的事実の錯誤)は原則として故意を否定すべきであるが、実質的に構成要件の重なり合いがあれば、その限度では構成要件該当事実の認識があると評価でき、故意を認めうる。
(4) そこで占有離脱物横領罪と窃盗罪についてみると、占有離脱物横領罪は所有権を保護法益としている。一方、窃盗罪も、「他人の財物」を客体とすることから、保護法益は財物に対する所有権その他の本権であると解され、占有については、本権に基づき、あるいは外観上本権に基づくとみられる場合にこれを保護する趣旨であると解される。とすると、両罪はともに所有権を保護法益とし、領得行為によってこれを侵害する罪であるという点で共通するから、かかる限度で実質的に構成要件が重なり合うといえる。よって、甲には軽い占有離脱物横領罪の限度で故意が認められる。
(5) 以上より、甲は占有離脱物横領罪の罪責を負う。
第2 A名義のクレジットカードを利用した行為について
1 詐欺罪の成否
(1) 甲は、A名義のクレジットカードを利用してFから財物の交付を受けているから、詐欺罪(246条)が成立しないか。
(2) 詐欺罪は財産犯である以上財産的損害を成立要件と解すべきであるが、E信販会社が立て替え払いに応じている以上、加盟店には財産的損害は認められない。これに対し、加盟店による財物の交付自体を損害と考える見解もあるが、現に取引対価を得ている場合にまで損害を認めることは、損害概念の形骸化を招き妥当ではない。
(3) そもそも、詐欺罪の本質的要素は錯誤に基づく処分行為であるから、被欺罔者が処分行為者たりえれば、被害者まで一致する必要はない。そして、クレジット契約の実体を信販会社による債務引受と解すれば、加盟店には信販会社に立替払いをさせるという権限が認められるから、信販会社の財産に対する処分権限者といえる。
(4) よって、甲によるクレジットカードの不正利用は、加盟店のFを被欺罔者かつ処分行為者とし、信販会社Eを代金債務引受による被害者として、甲が代金債務免脱の利益を得たものであるから、利得詐欺罪(246条2項)の構成要件に該当する。
(5) そして、甲は自己がAであるとFに誤信させ、A名義のクレジットカードで代金債務を免れているから、246条2項の構成要件を満たし、これを認識しているから故意も認められる。
(6) よって、甲は詐欺罪の罪責を負う。
2 私文書偽造罪及び同行使罪の成否
(1) 甲は、売上伝票にAと署名しているから、私文書偽造罪(159条1項)が成立しないか。
(2) まず、売上伝票は売買の存在を証明する文書であるから、「権利、義務…に関する文書」に該当する。
(3) 次に、文書偽造罪の保護法益は文書に対する社会的信用であって、その本質は、当該文書の内容に関する責任追及可能性を担保することにある。とすれば、文書内容の虚偽にかかわらず、文書作成主体たる名義人にさえ偽りがなければ、文書の作成について名義人への責任追及が可能となるから、文書に対する社会的信用は害されないといえる。したがって、「偽造」とは、名義人と文書作成者との同一性を偽ることであると解される。
(4) そして、かく解すれば、事実上の文書作成者が名義人と異なるとしても、作成者が名義人から作成権限を与えられていれば、責任は名義人に帰属し文書の信用性を害しないから、「偽造」には該当しない。 売上伝票は、売買の当事者として代金債務を負う者が署名するものであるから、意思主体は署名から把握され、本件売上伝票の名義人はAであると解される。
(5) そして、甲はAから売上伝票についての作成権限を与えられていないから、甲によるA名義の署名は名義人を偽ったものとして「偽造」に該当する。
(6) 甲はこれをFに交付する目的があり「行使の目的」も認められるから、私文書偽造罪が成立し、また実際にFに交付して使用しているため同行使罪(161条1項)が成立する。
第3 罪数
私文書偽造・同行使罪と詐欺罪は牽連犯(54条1項)となり、これらと占有離脱物横領罪は併合罪(45条)となる。
司法試験の勉強:刑法は暗記が7割
何を暗記するのか
答案の基本的な流れ(アウトライン)は、以下のとおりです。
- 罪名(条文)の特定
- 構成要件該当性(因果関係含む)
- 故意・過失
- 違法性・責任阻却事由
- 共犯論
- 罪数
罪名の特定と罪数以外は、基本的に全て「規範→あてはめ」の論証パターン吐き出しだけでOKです。したがって、この論パを準備して暗記することになります。
以前書いた論証パターンのような定義・規範を挙げては、設問に即してあてはめる。これをひたすら繰り返すだけです。「その場で考える」のは、事実の当てはめだけで十分です。
刑法の論点はほぼ出尽くしているので、準備した暗記で対応できないということはまずないでしょう。それに、暗記を吐き出すくらいのつもりでいないと、メリハリを付けた記述をするのは、刑法では必要な記述量的に無理があります。
残りの3割は何か
7割は暗記で、残りの3割は何かというと、2割が構成、1割があてはめです。
構成
答案の基本的な流れは上で書いたとおりですが、複数の行為や行為者が絡み合っている場合は、どういう順番で書くのが書きやすいか(=理解させやすいか)をよく考える必要があります。また、論パで十分だからこそ、どこを厚く書き、どこをより省力化するかでメリハリを付けることが、得点に繋がっていきます。
論パの前提である答案構成を早く正確に行うことが、重要となります。
重要だし、練習しなければ身に付かないものでもありますが、構成もある程度パターンがあり、原則(行為者別に書く、行為ごとに書くなど)を押さえれば応用は簡単なので、割合としてはせいぜい2割です。
あてはめ
刑法では、そこまであてはめに悩むことはないと思います。とはいえ、事実の評価と当てはめが難しい問題もないわけではありません。
あてはめは、常識で考えればできるものですが、時間のない試験中では、時に重要な設定事実自体を見落としたり、反対事実を敢えて無視してしまうことがあります。
問題文には、あからさまに「これを使え」という事実が記述されているので、その見落とし・無視は絶対に不可です。事実はしっかりマーキングし、自分の論証に不利でも必ず評価して使う必要があります。
あてはめ自体は配点的にも重要ではありますが、実際の作業としては、準備も練習もそこまでたくさんする必要がなく、ただ丁寧にこなせば良いだけなので、勉強における割合としては、1割程度にとどまります。
刑法事例演習教材01「ボンネット上の酔っぱらい」
受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問01の回答例。
Aに対する罪責
第1 Aの顔面を殴打した行為について
1 甲は、Aの顔面を手拳で軽く1回殴打しているから、暴行罪(刑法208条、以下条文のみ示す)の罪責を負わないか。
2 構成要件該当性
「暴行」とは、人の身体に対する有形力の行使をいう。Aの顔面を手拳で軽く1回殴打する行為は、人の身体に対する有形力の行使にあたる。よって、「暴行」に該当する。
3 故意
故意とは、犯罪事実の認識・予見のことをいう。甲には殴打の認識もあるから暴行の故意も認められる。
4 正当防衛(36条1項)
(1) 正当防衛は違法性阻却事由であり、その根拠は、防衛行為者に、不正な侵害者との関係で回避・退去義務が無い点にある。
甲はAを殴打する前に、Aから胸ぐらを掴まれそうとなっているから、正当防衛が成立しないか。
(2) 急迫不正の侵害
ア 甲は、Aが甲の車の窓から手を入れてきて、胸ぐらを捕まれそうになった。しかしこれは、甲の侮辱発言を発端としており、自ら招いた侵害のように思える。
自招侵害は、自己が挑発的言動を控えれば侵害を回避できたのであるから、それが正当な活動と評価されない限り、侵害を回避すべき義務がある。にもかかわらず、回避せずに生じた侵害は、回避すべき侵害が現実化しているにすぎないから、急迫不正の侵害とはいえないと考える。
イ これを本件についてみると、甲はAに侮辱発言をしたものの、その発言は、Aの道路に寝転ぶ行為に対して向けられている。Aの行為は道路交通法上違法で、危険かつ異質な行動であり、甲は回避することができなかった。そうすると、甲の挑発的発言は、正当な活動であるといえる。
ウ したがって、侵害を回避すべき自招な侵害であるとはいえず、急迫不正の侵害は認められる。
(3) 防衛するため
甲はAからの暴行を避け、隙をみて逃げるために殴打したのであるから、防衛のためにする行為である。
なお、客観的な正当防衛状況が違法性阻却を基礎付けるから防衛の意思は要件として不要である。
(4) やむを得ずにした行為
やむを得ずにした行為というためには、防衛の手段として必要かつ相当でなければならない。なぜなら、正対不正の関係であるから補充性までは不要であるが、過剰防衛(38条2項)にあたらない程度の手段でなければならないからである。
そして相当性とは、結果の衡量ではなく、侵害行為と防衛行為の危険性を衡量して判断する。
これを本件についてみると、胸ぐらをつかもうとした相手の顔面を素手で軽く一回殴打する行為は、車内に侵入してくる手を排除するための対抗行為であり、必要な行為である。
そして、お互いが素手同士あること、車内から座った状態での殴打であること、絡んでくる酔っ払いを払いのける対抗手段であったことなど考えると、防衛手段として相当である。
(5) 以上により正当防衛の要件を全てみたす。
5 結論
正当防衛の成立により違法性が阻却される。したがって甲に暴行罪は成立しない。
第2 Aを車のボンネットから振り落とした行為について
1 甲は、Aを車のボンネットから振り落としているから、殺人未遂罪(199条、203条)が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 甲は、Aをボンネットに乗せたまま車を発車させ、時速70キロメートルで国道上を疾走しつつ、急ブレーキを何度もかけたり蛇行運転をするなどしながら約2.5キロメートルにわたって同乗を運転して走行し、午前0時35分ころ、路上において急ブレーキをかけて同車のボンネット上からAを振り落して転落させ、Aに頭部外傷等の加療約2週間を要する傷害を負わせている。
(2) 上記行為は傷害罪(204条)の構成要件に該当するが、Aをボンネットに乗せたまま、高速で蛇行運転をして振り落とす行為は、死の結果を惹起しうる危険性を有する。
この場合、甲に殺人罪(199条、203条)の未必の故意が認められるのであれば、殺人未遂罪と評価できる。そこで、殺人罪の未必の故意が認められるのか。
2 故意
(1) 未必の故意とは、行為者が、犯罪事実の発生を確定的なものとしては認識していないが、その発生がありえないわけではないものと認識している心理状態をいう。
故意は、違法な構成要件から生ずる結果発生の認識・予見がありながら、当該結果を生じさせないような行為に至る動機としなかった場合に認められるところ、確定的な認識がなくとも違法性は十分認識できることからすれば、そのような動機はもちうるため、未必の故意も故意と考えることができる。
(2)ア これを本件についてみると、甲はAをボンネット上から振り落とそうと考え、時速70キロメートルものスピードで走りつつ、急ブレーキの使用と蛇行運転を約2.5キロメートルの間繰り返している。
イ 車にしがみついた状態で振り落されれば受け身も取れず、ましてや70キロメートルもの高速では路上に叩きつけられるに等しい。しかも国道1号であればアスファルト舗装されているから、その衝撃は相当なものである。当たり所に関わらず、死の危険性が極めて高い行為である。
ウ 甲はこのような危険性の高い行為を行うことを認識しており、死の結果に対する確定的な認識なないとしても死の結果の発生がありえないではないとの認識はあったと考えられる。
(3) 以上により、殺人の未必の故意が認められる。
3 正当防衛
(1) 甲が車でAを振り落す前に、Aが車のボンネットに乗ってきているから、正当防衛が成立しないか。
(2) 急迫不正の侵害
甲の適法な有形力の行使を逆恨みして甲を追いかけ、車の前に立ちはだかり、ボンネットの上に乗るというAの行為は、不法な有形力の行使であり、急迫不正の侵害である。
(3) 防衛するため
甲はAから逃げようとして車を走らせているから、防衛に向けられた行為である。
(4) やむを得ずにした行為
ア やむを得ずにした行為であるというためには、防衛の手段として必要かつ相当でなければならない。
イ Aから逃れるために車を走らせることは必要な甲であるといえる。
ウ それでは相当な行為であるといえるか。相当性は、防衛行為として相当な行為か否かを問題とするから、結果の衡量ではなく、侵害行為と防衛行為の危険性を衡量して判断する。
なぜなら、正当防衛は不正に対する正当な権利行為であることからすれば、行為者に求められるのは、具体的状況下で必要最小限度の行為選択をすることにとどまるからである。
これを本件について考えると、車内にいる状態でボンネット上のAから逃れるためには車を動かす以外に方法はないと考えられる。
しかし、少なくとも車内にいる限り甲に切迫した生命の危険はなく、自動車を棄損される危険性があるにすぎない。にもかかわらず、約70キロメートルの速度で疾走し、急ブレーキや蛇行運転を繰り返すなど、死の結果を惹起しうる危険性の高い行為をすることは、財物を防衛する手段としては過剰であり、相当な限度を超えている。
そして、例えば人通りの多い場所まで低速で移動しそこで助けを求めるなど、Aに過度の危険を生じさせない他の手段は容易に認められる。
(5) したがって、甲の行為は防衛の程度を超えた行為であるから、正当防衛は認められず、過剰防衛が成立する(36条2項)。
4 結論
甲には殺人未遂罪の過剰防衛が成立する。
Bに対する罪責
第1 傷害罪(204条)
1 甲が車を進行させたことによりBは打撲傷を負っているため傷害罪が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 「傷害」とは、不法な有形力の行使等により人の生理的機能に不良な変更を加えることをいう。甲は、Bの体から約1メートル離れた地点に車を進行させたところ、Bがあわてて身を避けようとして転倒し、全治1週間の打撲傷を負っている。
(2) Bの身体のすぐ側を走行させる行為は、それ自体傷害の危険性を有している。物理的接触の有無に関わらず、有形力の行使にあたる。
(3) 車が向かってくれば接触するかもしれないとあわてて身を避けようとすることはあり得ることであり、相当因果関係も認められる。
(4) 以上により、甲の行為は傷害罪(204条)の構成要件に該当する。
2 故意
(1) 甲は、Bの体のすぐ側を走行させようと認識していたのであるから、暴行の故意が認められる。
(2) 傷害は暴行の故意があればよいが、責任主義の観点から加重結果の過失(予見可能性)が必要となる。Bが、向かってくる車をあわてて避けようとして怪我をすることは、自動車を運転する甲にとって経験則上明らかであるから、結果発生を予見することができた。
(3) したがって、甲に故意が認められる。
3 正当防衛(36条1項)
(1) 甲が車を進行させる前に、BはAと共に進路妨害等をしているから正当防衛が成立しないか。
(2) 急迫不正の侵害
BはAと共に進路を防ぎAがボンネットに乗るなど、甲に対して不法な有形力を行使してきており、急迫不正の侵害があるといえる。
(3) 防衛するため
甲は逃げようとして車を発進させており、防衛のためにした行為であるといえる。
(4) やむを得ずにした行為
やむを得ずにした行為であるというためには防衛行為としての必要性、相当性が必要であるところ、上述のとおり車を動かす行為は必要である。そして、Bは傷害を負ったもの、甲はBと物理的接触なく車を動かしていることから、防衛手段として過剰とまではいえない。したがって、相当性も認められる。
(5) 以上により、正当防衛が成立する。
4 結論
正当防衛の成立により違法性が阻却される。したがって甲に傷害罪は成立しない。
罪数
以上まとめると、甲にはAに対する殺人未遂罪(199条、203条)が成立し、過剰防衛(36条2項)により任意的に減免される。