日々起案

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刑法事例演習教材30「暗転した同窓会」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

第1 第1暴行について
1 甲の罪責
(1) 甲はBの顔面を強く殴打し(第1暴行)、これによりBは後頭部をタイル張りの地面に打ち付けられて頭蓋骨骨折に伴うクモ膜下出血を生じて死亡しているから、甲には傷害致死罪(205条)が成立しないか、以下検討する。
(2) 構成要件該当性
ア 「傷害」とは不法な有形力行使等により人の身体の生理的機能を害することをいう。甲はBの顔面を殴って転倒させ、後頭部を地面に打ち付けさせて頭蓋骨骨折及びこれに伴うクモ膜下出血を生じさせているから、Bを「傷害」したといえる。
イ Bの「死因となる傷害は甲の第1暴行によって生じたもの」であるから、上記傷害とBの死亡結果との因果関係も認められる。
(3) 正当防衛
ア 正当防衛は、法益の衝突状況を不正の侵害者の犠牲により解決する制度であって、客観的に侵害者の法益が減少・消滅している点から違法性を阻却するものである。
 第1暴行はBに髪を引っ張りまわされていたAを助けるために行ったものであるから、正当防衛(36条1項)が成立しないか問題となる。
イ 「急迫不正の侵害」
 「急迫不正の侵害」とは、違法な法益侵害が現に存し、又は差し迫っていることである。
 Bは現にAの髪を引っ張りまわすという暴行行為を行っていたから、「急迫不正の侵害」が認められる。
ウ 「防衛するため」
 「防衛するため」の内容としていわゆる防衛の意思を必要とする見解もあるが、正当防衛は正対不正の関係において不正の侵害者の法益が減少・消滅し、防衛行為の違法性が阻却される制度であるから、客観的な防衛状況があればよく、防衛の意思は不要である。
 本件では、第1暴行はBのAに対する暴行を止めるために行われているから、客観的に見て「他人の権利を防衛するため」にしたといえる。
エ 「やむを得ずにした行為」
 「やむを得ずにした」とは、行為の必要性及び結果の相当性をいうと解する。なぜなら、防衛に不要な行為まで保護する必要はないし、防衛に必要な行為であっても、防衛すべき法益に対し害される侵害者の法益が著しく大きいような場合には、もはや法益の衝突を侵害者の犠牲によって解決するのが妥当な場合とはいえなくなるからである。
 本件では、髪を引っ張るという暴行からの防衛のために、死亡という重大な結果が生じており、法益の不均衡が著しい。よって、「やむを得ずにした」とはいえない。
オ 以上より、正当防衛は成立せず、過剰防衛(36条2項)が成立するにとどまる。
(4) 故意
ア 加重結果の故意があれば別罪が成立するので、結果的加重犯の故意は基本犯の故意で足りるが、責任主義の観点から、加重結果については過失が必要であると解する。
イ 基本犯の故意
(a) 甲は第1暴行について認識を欠くところがないから、傷害罪(204条)の実行行為の認識はある。
(b) しかし、正当防衛の意思で第1暴行を行っているから、故意が阻却されないか。故意とは犯罪事実の認識であるところ、違法性阻却事由を基礎づける事実の存在を誤信している場合には、違法性を基礎づける事実の認識があるとはいえず、犯罪事実の認識を欠くから、故意が阻却される。よって、結果的に相当性をこえていても、相当性を基礎づける事実について誤信があれば、故意を阻却しうる。
(c) そこで本件についてみると、Bは第1暴行以前にも顔や腹を殴られながらAの髪を離さずにいるなど、丈夫な様子を見せている。しかし、甲は25歳の若い男性であるのに対しBは酩酊した50歳男性と体力差は歴然であるし、タイル敷きの路上は硬く危険である。そこで態勢が崩れた相手の顔面を強く殴る行為は、それ自体重大な結果を生じうる行為である。
(d) よって、甲の故意は阻却されない。
ウ 加重結果についての過失
(a) 過失は故意と並ぶ責任要素であって、精神を緊張させていれば結果を認識・予見しえたのに、これを怠ったことへの非難である。よって、過失とは結果の予見可能性を前提とした予見義務である。そして、抽象的な危惧感だけで処罰するのは妥当でないから、特定の構成要件的結果に対する具体的な予見可能性を要する。
(b) 本件では、上述のように第1暴行が危険な行為であって、転倒によりタイル敷きの地面に頭部を打ちつければ死亡することも予見しえたといえるから、甲には加重結果に対し予見可能性があったと認められる。
(5) 以上より、甲には傷害致死罪が成立し、過剰防衛により任意的減免がなされる。
2 乙の罪責
(1) 乙は、2人で協力してAの髪からBの手を離させようとしていたから、Aの防衛のために共同してBを攻撃するという意思連絡が成立していたと解される。そして、第1暴行はかかる意思連絡に基づく行為であるから、甲と意思を通じて防衛行為を共同実行していた乙についても、第1暴行につき共同正犯(60条)となる。
(2) もっとも、主観については行為者ごとに判断すべきところ、甲の過剰結果を招いた行為につき乙は認識していなかったとして、故意が阻却されないか。
 この点、タイル敷きの路上で酩酊者の顔面や腹部を殴打すること自体、十分に危険な行為であって、乙は甲の過剰な防衛行為についても認識していたと解すべきであるから、故意は阻却されない。
 また、かかる危険性を認識していた以上、加重結果についても予見可能であったと認められるから、乙は死の結果についても罪責を負う。
(3) 以上より、乙には傷害致死罪の共同正犯が成立し、過剰防衛による任意的減免を受ける。

第2 第2暴行について
1 乙の罪責
(1) 乙は、Bが転倒した後に腹部等を足げにしたり、足で踏みつけるなどの暴行(第2暴行)をなしているから、乙には暴行罪(208条)が成立しないか。
(2) 構成要件該当性
ア 「暴行」とは人の身体に対する有形力行使をいうと解すべきところ、乙はBの腹部等を足げにしたり足で踏みつけるなどの有形力を行使しており、「暴行」を加えたといえる。
イ また、Bには第2暴行によって傷害が生じたという事情はない。よって、第2暴行は暴行罪の構成要件に該当する。
(3) 故意
 乙は激怒しているとはいえ第2暴行につき認識を欠いているとはいえないので、故意も認められる。
(4) 過剰防衛
ア 第2暴行は第1暴行に続けてなされたものであるから、両暴行を一連一体の行為と解しえないか。そのように解しうれば、第2暴行は過剰防衛たる第1暴行の過剰部分にあたり、全体として任意的減免を受けることから問題となる。
イ 第1暴行によりBは意識を失い、この時点で攻撃は終了している。そして乙は、Bが動けなくなったことを認識した上で報復的に第2暴行に及んでいるから、第2暴行は新たな犯意に基づく行為であって、第1暴行とは別個の行為であると解すべきである。
ウ よって、第2暴行では攻撃終了後でありそもそも急迫不正の侵害がない以上、過剰防衛は成立しない。
(5) 以上より、乙には暴行罪が成立する。
2 甲の罪責
(1) 甲は第2暴行には加わっていないが、第2暴行は第1暴行に続けて行われたのであるから、第2暴行についても乙と共犯であるとして、暴行罪の共同正犯が成立しないか。以下検討する。
(2) 共犯関係
ア 共犯の処罰根拠は、他人の行為を介して法益侵害を惹起する点にある。したがって、複数の行為にまたがる場合であっても、結果に対する因果性の及ぶ範囲で共犯を認めうる。そして、心理的因果性は共謀の範囲で認められるものであるから、共謀に含まれない行為については共犯関係に立たないと解される。
イ 本件についてみると、第1暴行は、Aを助けるための行為であり、甲乙もそのために共同でBを攻撃したのであるから、第1暴行において成立した甲乙間の共謀は、Aのための防衛行為に限定されていると解すべきである。そうだとすれば、Bによる攻撃が終了しAが解放された時点で甲乙間の共犯関係は終了し、甲乙はその後の行為について共犯関係に立たないといえる。
ウ そこで、第2暴行について甲が乙の共犯となるには、第2暴行について新たに共謀が成立している必要がある。本件では、甲はAとともに数メートル離れたところで乙の第2暴行を黙って見ていたにすぎず、1分ほどするとむしろこれを止めに入っているのであるから、甲乙間に新たな共謀があったとは認められない。よって、第2暴行につき甲は乙の共犯とはならない。
(3) 以上より、甲は第2暴行につき罪責を負わない。

第3 罪数
1 甲には傷害致死罪の共同正犯が成立し、過剰防衛による任意的減免の対象となる。
2 乙には、傷害致死罪の共同正犯及び暴行罪が成立し、両者は併合罪となるが、前者については過剰防衛による任的減免の対象となる。

以上


刑法事例演習教材 刑法事例演習教材 第2版