日々起案

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刑法事例演習教材19「週刊だけど『毎朝』」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

第1 甲の罪責について
1 甲は、(1)ないし(3)の記事において、ACEを犯人として扱っているが、かかる行為につき名誉毀損罪(230条1項)が成立しないか。
2 記事(1)について
(1) 構成要件該当性
ア 名誉毀損罪は、摘示事実について「その事実の有無にかかわらず」成立するから、同罪が保護する「名誉」とは外部的・事実的名誉、すなわち社会的評価であると解される。そして、社会的評価の低下を立証することは困難であるから、社会的評価を低下させる程度の事実の指摘があれば、実際に評価が低下したことは要しない。
イ 記事(1)は、「捜査関係者」の言葉を借りて、AがB殺害の真犯人であることを暗に断定しているから、Aが殺人を犯した悪人であるという悪評価をさせるに足る事実の指摘をしているといえ、「名誉を毀損した」ものといえる。
ウ また、「公然」とは不特定多数人が認識しうる状態をいうと解するところ、この記事は「週刊毎朝」という不特定多数の人が購読しうる週刊誌に掲載されているから、「公然と事実を摘示」したものといえる。
エ 以上より、甲の記事(1)掲載行為は名誉毀損罪の構成要件に該当する。
(2) 公共の利害に関する場合の特例
ア 230条の2は、①「公共の利害に関する事実」の指摘であること、②「専ら公益を図る」目的であること、③摘示事実が真実であることの証明があったことを要件として、名誉毀損罪に該当する行為を不可罰としている。そこで同条の適用の有無を検討すべきところ、これと関連して同条の趣旨が問題となる。
イ この点、同条は、個人の名誉と表現の自由憲法21条)の調和を図った規定であると解される。すなわち、国民が民主的な意思決定をなすのに必要な事実については、自由な言論の下で公衆の批判に晒す必要があるから、たとえそれが個人の名誉を害するとしても、かかる事実の摘示を適法な行為として保護すべきとする趣旨である。そうだとすれば、同条は単なる処罰阻却ではなく、摘示行為の違法性自体を阻却する規定であると解される。
ウ かかる趣旨に鑑みれば、①「公共の利害に関する事実」とは、民主政の過程で主権者たる国民が知っておくべき事実であると解される。また、そのような事実はそもそも一般に知られているべきであるから、その摘示目的如何によって適法性が左右されると考えるべきではなく、②「専ら公益を図る」目的は、摘示事実が「公共の利害に関する事実」であることの認識があれば足りると解すべきである。更に、虚偽の事実が国民の意思決定に資することはありえないから、実体的な違法性阻却事由としては摘示事実が真実であることが必要であり、③「真実であることの証明」もこれを定めたものであると解する。
エ 本件についてみると、①「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす」(230条の2第2項)とされるところ、記事(1)は、未だ起訴されていないAが、殺人事件の犯人であるという事実を指摘するものであるから、「公共の利害に関する事実」に該当する。また、②甲にもかかる事実に該当するという認識はあるから、「目的が専ら公益を図る」場合に該当する。しかし、③Aは起訴すらされておらず、摘示事実が真実であることすなわちAが殺人の真犯人であることの証明はないし、他の報道における「一般的な論調」を参考として記事を書いた甲に、そのような証明が可能とは考えられない。
オ よって、記事(1)について230条の2による違法性阻却は認めがたい。
(3) 故意
ア 「真実であること」の証明ができなかったとしても、甲は「AがB殺害の真犯人であることは間違いないと考え」ていたのであるから、「真実であること」につき誤信があり、錯誤により故意が阻却されないか。
イ 故意とは違法事実の認識であると解されるところ、違法性阻却を基礎づける事実の認識があれば、違法を基礎づける事実の認識がなかったと評価しうるから、故意は阻却される。
ウ 「真実であることの証明」については、上記のように違法性阻却事由であると解される。また、実体法的解釈上はあくまで「事実が真実であったこと」を違法性阻却事由と解さざるを得ない。よって、真実性を誤信していた甲は、錯誤により故意が阻却される。
(4) 相当な根拠なく真実性を誤信した者の可罰性
ア 名誉と表現の自由の調和という230条の2の趣旨に鑑みれば、同条が保護するのはあくまで正当な言論行為である。そして、正当な言論というためには原則として真実の言論である必要があり、真実性が明らかでない場合にはこれを明らかにするための情報収集義務が課されていると解すべきである。そうだとすると、同条はかかる義務を尽くした場合にのみ違法性を阻却する趣旨であると解される。これを換言すれば、情報収集義務を尽くせば虚偽性を認識しえたにもかかわらずこれをしなかった場合には、なお可罰性が認められるということであるから、同条は、名誉毀損罪の過失犯処罰を定める「特別の規定」(38条1項ただし書)にあたると解すべきである。そこで、以下過失の有無について検討する。
イ 過失とは、精神を緊張させていれば結果を認識・予見しえたにもかかわらず、これを怠ったことに対する責任非難である。従って、過失とは、予見可能性を前提とした予見義務であると解される。
ウ 本件では、記事(1)の掲載にあたり、甲は「多くのメディアが報道していることから、AがB殺害の真犯人であることは間違いないと考え」たのであり、特にAの犯人性を裏付ける証拠資料も有していなかったのであるから、Aが殺人犯であるという事実が真実でないことも予見可能であったといえ、甲には過失が認められる。
(5) 以上より、甲は記事(1)の掲載につき名誉毀損罪の罪責を負う。
3 記事(2)について
(1) 構成要件該当性
 記事(2)では、Cが私的買物のレシートを会社に持ち込んで経費として現金を受領し、会社資金を横領したとする事実が指摘されている。かかる犯罪事実はCの社会的評価を低下させるに足るものであるから、これを週刊誌に掲載した甲の行為は名誉毀損罪の構成要件に該当する。
(2) 公共の利害に関する場合の特例
ア 刑罰の適正及び裁判の公開は憲法上も定められた、民主政に不可欠な事項であるから、刑法犯の裁判結果も当然に「公共の利害に関する事実」に該当するといえる。
イ そして、そのような事実であることを認識している以上、「目的が専ら公益を図る」場合にも該当する。
ウ しかし、Cはその後無罪が確定しているのであるから、Cが横領罪を犯したという事実については、真実でなかったことが明らかとなったものといえ、「真実であることの証明があったとき」という要件を充足することは不可能であるといってよい。
エ よって、甲には230条の2による違法性阻却は認められない。
(3) 故意
ア 甲はCの当該横領事件裁判の「第1審判決の事実認定が正しいと考え」て、記事(2)を掲載したのであるから、摘示事実の真実性につき錯誤に陥っている。
イ 前述のように、かかる錯誤は違法性阻却を基礎づける事実の錯誤として故意を阻却するから、甲は故意が阻却される。
(4) 過失
ア 前述のように、230条の2は過失犯処罰規定にもあたると解されるところ、甲には摘示事実の真実性を誤信した点につき過失があるか。
イ この点、甲は上記第1審判決の判決文に即して記事を作成している。これに対し甲は独自調査等は行なっていないが、裁判所による判断は、第1審であっても高度の信頼性があると一般に認識されているから、一介の記者である甲の独自調査をするまでもなく判決文の内容が真実であると信じるのも、無理からぬ事である。
ウ よって、甲には記事(2)掲載の事実が虚偽であることにつき予見可能性があったとはいえず、過失は認められない。
(5) 以上より、甲は記事(2)の掲載につき何ら罪責を負わない。
4 記事(3)について
(1) 構成要件該当性
 記事(3)では、EがD市における連続放火の犯人であると暗に断定している。記事内ではEの本名は掲載されていないが、関係者が読めばEのことであることが明らかな書き方であったのだから、かかる記事はEの社会的評価を低下させるに足る事実の摘示といえる。よって、甲の記事(3)掲載行為は、名誉毀損罪の構成要件に該当する。
(2) 公共の利害に関する場合の特例
ア 記事(3)は現に発生している連続放火犯に関するものであるから、「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実」(230条の2第2項)にあたり、「公共の利害に関する事実」とみなされる。
イ そして、甲においてそのような事実であることにつき認識がある以上、「目的が専ら公益を図ること」にあったといえる。
ウ しかし、実際にはFが真犯人として逮捕され、有罪も確定していることから、記事(3)は真実でなかったと認められ、事実が「真実であることの証明があったとき」との要件は充足し得ない。
エ よって、記事(3)の掲載につき違法性は阻却されない。
(3) 故意
 前述のように、摘示事実の真実性につき錯誤があれば故意が阻却されるところ、甲は乙の発言からEが犯人であると信じていたから、甲の故意は阻却される。
(4) 過失
ア 230条の2が過失名誉毀損罪を処罰していると解されるところ、記事(3)の掲載につき甲に過失はあるか。
イ この点、記事(3)の作成においては、一般人である乙の発言以外に依拠する資料はなく、かかる発言の裏付け取材すら十分には行われていなかった。このような薄弱な根拠に基づいた事実摘示が真実に反しうることは容易に予見できるから、甲には過失が認められる。
(5) 以上より、甲は記事(3)の掲載行為につき名誉毀損罪の罪責を負う。

第2 乙の罪責について
1 乙は、記事(3)の作成にあたって、「犯人はEに間違いない」などと甲に話していることから、名誉毀損罪が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 乙はEが放火犯人であるという事実を摘示しており、かかる事実はEの社会的評価を低下させるに足るものである。しかし、乙は甲1人に話しただけであるから、「公然」の要件を充足しないのではないか。乙が、自己の発言が記事に掲載される可能性があると認識していたこととの関係で問題となる。
(2) この点「公然と事実を摘示し」という文言からみて、公然性は事実摘示行為について必要な要素であると解されるし、その後の不特定多数人への伝播の有無で処罰の有無が変わるのは不合理である。よって、公然性はあくまで事実摘示行為について必要であると解され、仮に不特定多数人への伝播可能性を認識していたとしても、「公然と事実を摘示」したとはいえないと解する。
(3) 本件では、乙は甲1人に対して事実を摘示したにすぎないから、「公然と事実を摘示」したといえず、かかる行為は構成要件に該当しない。
3 共犯
(1) 乙自身の行為が名誉毀損罪の構成要件に該当しないとしても、甲の記事(3)掲載可能性を認識しつつこれに協力していることから、甲との名誉毀損罪の共犯が成立しないか。
(2) この点、乙は名誉毀損行為について甲と意思連絡をしたわけではない。しかし、共犯の処罰根拠は、他人の行為を介して、構成要件的結果を惹起する点にあるから、甲の名誉毀損罪について物理的・心理的因果性を有していれば、乙には甲との共犯が成立しうる。そして、正犯性を認めるに足る強度の因果性が認められれば共同正犯となり、犯意を誘発し、あるいは結果発生を容易にする程度の因果性であれば、それぞれ教唆(61条)、幇助(62条)となる。
(3) そこで乙についてみると、乙は自己の発言が記事に掲載される可能性を認識している。しかし、取材によって得られた発言は、通常記者側で裏付け調査をした上で取捨選択し、記者側の自由意思で掲載の有無を決定するものである。また、乙は単なる一般人であって甲に影響を与えうるような地位にもない。そうだとすれば、乙の発言は、甲に対し強度の物理的・心理的因果性を及ぼすどころか、記事掲載の意思を誘発させ、あるいはそれを容易にするものとすらいえない。
(4) よって、乙は甲と共犯関係に立つとはいえず、名誉毀損の共犯は成立しない。
4 以上より、乙は何らの罪責も負わない。

以上


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