日々起案

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刑法事例演習教材06「カネ・カネ・キンコ」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

第1 乙の罪責について
1 アダルトビデオの万引き行為について
(1) 乙は、B店からアダルトビデオ3点を万引きしているから、窃盗罪(235条)が成立しないか。
(2) B店のアダルトビデオは「他人の財物」にあたり、乙はB店の意思に反してその占有を侵害しているから、「窃取」したと言える。
(3) また、毀棄罪と区別するため、窃盗罪には本権者を排除し物を経済的用法に従って利用処分するという不法領得の意思が必要と解されるところ、乙の行為は性的好奇心によるものであり、自己の物として視聴するために行なっているから、本権者たるB店を排除し利用する意思があったと認められ、不法領得の意思も認められる。
(4) 上記の事実につき、乙はその認識を欠くところがないから、故意も認められる
(5) よって、乙にはB店に対する窃盗罪が成立する。
2 スナックCに立ち入った行為について
(1) 乙は、強盗目的でスナックCに立ち入っているから、建造物侵入罪(130条)が成立しないか。
(2) 建造物侵入罪は、個人的法益に対する罪であり、当該建造物に誰を立ち入らせるかについて決定する管理権を保護していると解すべきであるから、「侵入」とは管理権者の意思に反する立入りのことであると解される。
(3) 本件では乙は強盗目的で立ち入っており、管理権者Dの意思に反するとも思える。しかし、スナックCは飲食店であり、普段から不特定の人間が出入りすることを前提としている場所であるから、開店中には異常な態様でない限り立入りを受け入れるのが通常である。
(4) 乙の立ち入りは、スナックCの開店時間中に通常の客と変わらない態様でなされているから、Dの意思に反するものとは認められず、従って建造物侵入罪は成立しない。
3 Dから35万円を奪取し、Dを姦淫した行為について
(1) 乙は、Dに対しエアーガンを突き付けて金35万円を手渡させた上、恐怖で放心状態のDを姦淫している。かかる行為は、「強盗が女子を強姦したものとして強盗強姦罪(241条)が成立しないか。
(2) 強盗罪の成否
ア 強盗(236条1項)の手段たる「暴行又は脅迫」とは、客観的に見て被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものでなければならないと解される。
イ 乙がDに突き付けたのはエアーガンであるが、外観上は本物の拳銃そっくりである。それを夜間の密室で目だし帽を被った男に突き付けられれば、それを本物と誤信し、生命の危険を感じて抵抗の意思を失うのが通常である。よって、乙のかかる行為は人の反抗を抑圧するに足る暴行・脅迫と言える。
ウ そして、かかる暴行・脅迫により実際にDは「抵抗の意思をなくしており、「カネ・カネ・キンコ」という乙の言葉に従って金35万円を乙に手渡しているから、乙の行為は暴行を用いて他人の財物を強取したものとして、強盗罪の構成要件に該当する。
エ 乙は上記行為につき認識を欠くところがなく、甲に脅されて行ったとは言え、後述のように甲に意思を抑圧されていたとまでは言えないから、故意及び責任能力が認められる。
オ よって、乙には強盗罪が成立する。
(3) 強姦罪の成否
ア 乙の前記暴行は、姦淫に向けられたものではないが、乙はDが恐怖心で放心状態、すなわち抗拒不能状態であることに乗じ、Dを姦淫しているから、準強姦罪(178条2項)が成立する。
イ そして、準強姦罪の犯人は強姦罪の犯人の例による。
(4) 強盗の機会
ア 強盗強姦罪は、強盗犯人によって強姦がなされることが刑事学上顕著な事実であるため特に重い刑罰を科したものであるから、強姦は強盗に続きその機会においてなされたものであることが必要がある。そうだとすると、強盗強姦罪における強姦とは、強盗に続けて行われるもの、すなわち先行する強盗と時間的・場所的に近接した段階における行為であると解すべきである。
イ 本件では、乙は強盗直後にその場でDを姦淫しており、時間的・場所的に接着し、逃走すらしていないから、強盗の機会に強姦したものと言える。
(5) 以上より、乙には強盗強姦罪が成立する。
4 Eに対してエアーガンを発射した行為について
(1) 乙は、Dに対する強盗強姦後、路上で追跡してきたEに対し、エアーガンを3発発射して3週間の打撲傷を負わせているから、強盗致傷罪(240条)が成立しないか問題となる。
(2) 構成要件該当性
ア この点、Eへの傷害は逃走のために行われたものであり、強盗行為自体によって生じたものではない。しかし、強盗致傷罪は前記強盗強姦罪同様、強盗犯人が傷害結果を発生させることが刑事学上顕著な事実であるため特に重い刑罰を科したものであるから、傷害結果は強盗の機会において生じたものを意味すると解される。そうだとすると、強盗致傷罪における傷害結果には、強盗行為自体だけでなく、これに続けて行われる行為、すなわち先行する強盗と時間的・場所的に近接した段階における行為によって生じたものも含むと解すべきである。
イ 本件では、強盗後間もなく、強盗現場から30メートルしか離れていない場所で、追跡を受けている時に生じさせた傷害であるから、強盗の機会になされたものであるといえ、甲の行為は強盗致傷罪の構成要件に該当する。
(3)  故意
ア 乙は、Eに対するエアーガンの発射という人の身体に向けた有形力行使を認識している。
イ かかる故意行為による傷害も強盗致傷罪に含まれるか問題となるが、強盗が故意をもって人を傷害することは刑事学上顕著であるし、故意の傷害を別罪とすると法定刑の不均衡が生じるから、240条は故意による傷害を含んでいると解すべきである。
(4) 強盗強姦との関係
ア 強盗強姦犯人による傷害結果は、別に強盗致傷罪を成立させるのか、両罪の関係が問題となる。
イ この点、241条が強盗強姦致傷について規定しておらず、強盗強姦罪の法定刑を強盗致傷罪よりも重くしていることから、241条は強盗強姦致傷を包含していると解される。しかし、強盗強姦致死について「よって女子を死亡させたとき」と規定していることから、同条が評価しているのは、強姦の被害者に対する傷害結果のみであると解される。
ウ よって、Eに対する傷害行為は、Dに対する強盗強姦罪で評価されているとは言えず、乙には別途Eに対する強盗致傷罪が成立する。
(5) 以上より、乙にはEに対する強盗致傷罪が成立する。
5 Eから財布を奪った行為について
(1) 乙は、エアーガンを受けて動けなくなっているEから財布を奪っているから、Eに対する強盗罪が成立しないか。
(2) 強盗罪は財産犯であるから、その手段たる暴行・脅迫も財物奪取に向けられていなければならないが、上記エアーガンの発射は、Dに対する強盗強姦罪による逮捕を免れるためになしたものであって、Eの財布奪取に向けられたものではない。
(3) しかし、自己に傷害を加えた犯人が、武器を持って睨みつけながら「文句はないな」などと申しつけてくれば、それ自体により犯行抑圧状態が維持・強化されると言えるから、かかる行為は財物奪取に向けた新たな脅迫と言える。
(4) なお、財布自体については捨てるつもりであったから、不法領得の意思が認められないとも思えるが、その場で中身だけを抜かずに逃走中の金銭の入れ物として利用していたことから、利用処分の意思も認められ、財布も含めた不法領得の意思が認められる。
(5) 以上より、乙にはEに対する財布及び現金2万円についての強盗罪が成立する。

第2 甲の罪責について
1 甲は乙に命令し、Dに対する強盗行為を行わせているから、甲には強盗罪が成立しないか。
(1) 間接正犯の成否
ア 正犯とは自ら構成要件的結果を惹起した者であると解されるところ、他人の行為を介していても、当該他人を道具として自らが直接に結果を惹起したのと同視できるような場合には、これを正犯(間接正犯)と解すべきである。
イ そして、自ら結果を惹起したといえるためには、介在する他人に規範意識が存在せず、あるいは強い支配により利用者の意思に反しえない状態にあることが必要である。
ウ 本件では、甲の脅しが乙の意思を抑圧し、甲が乙の行為を支配していたと言えるかが問題となる。
エ この点、甲は元暴力団員であり、小指の欠如や服装などの外見からもそれが容易に認識できた上、35歳と若く肉体も鍛え上げられていたし、乙に対しては、自分は多くの人を殺したとか、言うことを聞かなければ乙を殺すなどと話しており、乙は甲に対し強い恐怖感を抱いていた。
オ しかし、乙は14歳と是非弁別が十分可能であり、かつ通報などの適切な処理も期待できる年齢である。また、事態の打開を図るという積極的な意思で強盗を実行していること、スナックCに入りシャッターを下ろした後は甲の監視も届かず、容易に警察に通報できたことに鑑みれば、乙の意思が完全に抑圧されていたとは言えない。
カ よって、乙は反対動機を形成できる状態にあり、甲の意思に反しえないほどの支配を受けていたとまでは言えないから、間接正犯は成立しない。
(2) 共同正犯の成否
ア そこで、甲に乙との強盗の共同正犯(60条)は成立しないか。
イ 甲は強盗の実行行為を共同していないが、共犯の処罰根拠は他人の行為を介して法益侵害結果を惹起する点にあるから、結果に対する因果性を有していれば、必ずしも実行行為自体を共同する必要はない。
ウ そして、結果に対し強い因果性を及ぼしていれば共同正犯(共謀共同正犯)として処罰すべきであり、単に実行正犯に犯意を生ぜしめるにとどまる場合には教唆犯(61条1項)として処罰すれば足りる。
エ 本件では、甲は乙を脅迫して一方的に命令しているほか、エアーガンや目だし帽の用意、標的や犯行時間の決定、具体的な強取方法の指示を行うなど、実行行為に準ずる重要な役割を果たしているから、結果に対し強い因果性を及ぼしたものと認められる。
オ よって、甲には強盗罪の共同正犯が成立する。
2 強盗強姦罪の成否
(1) 乙がDを姦淫しているから、強盗強姦罪の共同正犯も成立しないか。
(2) この点、甲はスナックCで使った30万円を取り戻すために強盗を命じたのであって、金銭の強取以外は目的としていないし、甲乙間の共謀内容として口止めのための姦淫行為まで含まれていたと推認できる事情もないから、強姦については甲乙間の共謀の範囲外にある。よって、乙の強姦については共犯関係が認められず、甲に強盗強姦罪は成立しない。
3 強盗致傷罪の成否
(1) 甲は、Eの傷害結果についても罪責を負い、強盗致傷罪が成立しないか。
(2) 甲には強盗の意思しかなく、傷害結果については認識を欠いているが、強盗致傷罪は結果的加重犯であり、加重結果に対する認識までは必要としない。ただし、責任主義の観点から加重結果に対する過失すなわち予見可能性が必要であると解する。
(3) 本件では、強盗に慣れていない乙が抵抗や追跡を受け逃走のためにエアーガンを人に向けて発射することは容易に想像できるし、弾を込めて渡していたことから甲は現に発射を想定していたものと認められる。そして、エアーガンが人に怪我をさせる程度の威力を有していることは、一般的に知られていることである。
(4) よって、甲には追跡者Eに対する傷害の予見可能性があり、致傷結果についても罪責を負うから、強盗致傷罪が成立する。
4 乙がEから財布を奪った行為について
(1) 乙にはEに対する別個の強盗罪が成立しているが、これについて甲は罪責を負わないか。
(2) 甲はスナックCで使った30万円を取り戻すために乙に強盗を命じたのであるし、「女の店長しかいない夜10時以降に行くんだ」などと指示していることからも、甲乙間の共謀における財物奪取の対象は、Dに限定されていると認められる。
(3) よって、乙のEに対する強盗行為は甲乙間の共謀の範囲外であって、当該行為につき共犯関係は成立していないから、甲はEに対する強盗罪の罪責を負わない。
第3 共犯関係及び罪数
1 共犯とは他人の行為を利用して各自の犯罪を実現する犯罪類型であるから、共犯者間で罪名が一致する必要はない。
2 よって、乙には窃盗罪、建造物侵入罪の共同正犯、強盗強姦罪の共同正犯、強盗致傷罪の共同正犯、強盗罪が成立する。建造物侵入罪と強盗強姦罪は牽連犯(54条1項)となり、これらと他の罪は併合罪となる。
3 そして、甲には建造物侵入罪の共同正犯と強盗致傷罪の共同正犯が成立し、両者は併合罪となる。

以上


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