日々起案

田舎で働く弁護士が、考えたことや気になったことを書いています。

刑法事例演習教材05「ピカソ盗取計画」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

甲の罪責
第1 建造物侵入罪(刑法130条、以下同法名省略)
1 甲はA社敷地内に侵入しているから建造物侵入罪は成立しないか。以下検討する。
2 構成要件該当性
 建造物侵入罪は、個人的法益を保護法益としており、その内容は、住居権者が有する、誰を立ち入らせるかの自由であると考えられるから、「侵入」とは、管理権者の意思に反した立ち入りのことをいう。
 甲は、平成21年6月12日午前2時ころ、倉庫の塀を飛び越えて敷地内に立ち入っている。
 本件敷地は塀で囲まれ倉庫利用のために供されていることが外観上明らかであるから囲繞地である。囲繞地は建物それ自体ではないが、囲繞地に対してもA社の管理権は及んでいるから「建造物」にあたる。
 そして、部外者たる甲の立ち入りは、管理権者たるA社の意思に反するから、「侵入」に当たる。
 以上により、建造物侵入罪の構成要件に当たる。
3 故意
 故意とは犯罪事実の認識・予見をいう。甲はA社の敷地内であることを認識の上立ち入りをしているから故意が認められる。
4 結論
 したがって、甲には、建造物侵入罪が成立する。

第2 窃盗未遂罪(235条、243条)
1 実行の着手(43条)
(1) 「窃取」とは、占有者の意思に反し財物の占有を移転することをいう。甲は、倉庫の建物内に侵入してピカソの絵画を窃取するため、入り口のドアの鍵を持ってきたバールで壊そうとした。結果的に何も盗まなかったため窃盗未遂の成否が問題となるが、当該行為をもって実行の着手があるといえるか。
(2) 未遂犯(43条前段)を処罰する趣旨は、処罰が必要な程度に結果惹起の実質的危険性が切迫した点にある。
 したがって、実行の着手があるというためには、法益侵害の実質的危険性が発生していることが必要となる。
(3) 本件のバールで鍵を壊そうとした行為は、倉庫への侵入を試みた行為にすぎない。
 しかし、倉庫は財物を保管することを目的とした建造物であり、侵入を可能とした時点で盗取の危険は客観的に増大する。
 そうであれば、侵入行為の着手の時点で、財物窃取の危険性が現実的に生ずると考えられる。
 したがって、着手の時点で実質的危険性が発生したといえる。
(4) 以上により、甲の行為は窃盗未遂の構成要件に該当する。
2 故意
 甲は、窃盗する意図で鍵の破壊を試みており、故意が認められる。
3 結論
 したがって、甲には窃盗未遂罪が成立する。

第3 強盗致傷罪(240条)
1 窃盗に気づかれた甲はCに威嚇射撃をして逃げており、その結果Cにけがを負わせている。この場合、事後強盗罪(238条)の構成要件を充足するか。また、充足するとして、脅迫からの致傷の結果を甲に帰責できるか問題となる。まず事後強盗罪の構成要件該当性について検討する。
2 構成要件該当性
(1) 甲は、逮捕を逃れるため、約10メートルの距離に近づいていたCに対し「近づくと撃つぞ」と叫んで、空に向けて威嚇射撃をしている。
 甲は窃盗未遂犯であるが、事後強盗罪にいう「窃盗が」にあたるか。
 この点、条文上は「窃盗」とあるから、本来は既遂に至っていることが必要である。しかし、事後強盗罪は財産と身体生命のいずれも保護法益としているところ、窃盗未遂犯であっても、身体生命への構成要件的結果の危険を惹起しうる。その場合、保護法益の一つが未遂に終わったに過ぎないから、事後強盗未遂罪として処罰可能と考える。したがって、窃盗未遂犯でも「窃盗が」にあたる。
(2) 「暴行」とは、人の身体に対する有形力の行使をいう。甲の「近づくと撃つぞ」と叫んで、空に向けて威嚇射撃をした行為は、有形力の行使であるものの、Cの身体に向けられていないから暴行ではない。
 それでは「脅迫」といえるか。「脅迫」とは、一般人をして畏怖せしめるに足る害悪の告知をいう。空に向けて威嚇射撃をすることにより、実弾を装填しており、実際にCに向けて発砲することが可能であることを示したといえ、害悪の告知があったといえる。したがって脅迫にあたる。
(3) 事後強盗は、相手方の反抗抑圧状況を作出して財物の占有維持・逃亡・罪証隠滅を実現する犯罪類型であるから、相手方の犯行を抑圧する程度の脅迫でなければならない。
 本件では、発砲は空に向けられてはいるが、次はCへ向けて発砲することもあり得る旨を行為で示したものといえ、身体へ発砲されれば死の危険も生じうる。したがって、空への発砲は、Cの反抗を抑圧する程度の脅迫であるといえる。
(4) 以上により、甲の行為は事後強盗罪(238条)の構成要件に該当する。
3 事後強盗致傷罪
(1) 甲の脅迫に驚いたCが逃げる際に傷害の結果が生じている。脅迫から生じた傷害結果を甲に帰責することができるか。
(2) この点、236条1項及び238条は強盗の手段として「暴行又は脅迫」と規定しており、240条は、「強盗が、人を負傷させたとき」と規定し、傷害発生原因を暴行に限定していない。
 240条が236条1項及び238条の結果的加重犯であることからすれば、脅迫からの傷害も暴行からの傷害と同様、相当因果関係が認められ、責任主義の観点から結果発生につき過失(予見可能性)があれば、結果を帰責することができると考える。
(3) これを本件についてみると、驚いたCはあわてて身を隠した際に、腕を擦りむいている。脅迫であっても発砲行為は威嚇手段として強力であり、発砲を避ける過程で人の生理的機能を害するに至ることは十分ありうることであるから、相当因果関係が認められる。
 そして、甲は、空への発砲でもCが反抗を抑圧する程度に威嚇効果があることを認識したうえで発砲している。Cが怪我をする認識まで有していたかは不明であるが、窃盗犯が逃亡のため警備員に発砲することはあり得ないことではないし、乙は威嚇射撃まで行い実際に発砲行為に及んでいるから、Cがあわてて逃げようとすることは容易に予見でき、その際にけがをすることも予見できる。したがって、乙には少なくとも過失(予見可能性)が認められる。
4 故意
 甲は、Cからの逮捕から逃れるために威嚇射撃を行っており、発砲すればCの反抗を抑圧できると認識している。
 したがって、事後強盗罪の故意が認められる。致傷結果の過失(予見可能性)は上述のとおり認められる。
5 結論
 以上により、甲には強盗致傷罪が成立する。窃盗未遂罪は吸収される。

乙の罪責
第1 建造物侵入罪(130条)
 乙は甲と共に、A社の囲繞地たる倉庫敷地内に、管理権者たるA社の意思に反して立ち入りしているから、乙の行為は建造物侵入罪に該当する。また、A社の意に反した立ち入りの認識があるから故意が認められる。したがって、乙には、建造物侵入罪が成立する。
 乙は甲と計画し、共同してA社敷地内へ侵入しているから、甲と共同正犯の関係にある。
第2 窃盗罪未遂罪(235条、243条)
1 乙は、甲と共にA社倉庫のピカソの絵画を盗取することを計画し、甲が窃盗の実行に着手しているが、これを遂げなかった。
 乙は、倉庫の外に立って事務室の方から人が来ないか見張りをしていた。この場合、甲と乙はどのような共犯関係にあるか。
2 共犯関係
(1) 共犯の処罰根拠は、他人の行為を介して法益侵害結果を惹起する点にあるから、結果に対する因果性を有していれば、必ずしも実行行為自体を共同する必要は無いと考える。
(2) そして、実行行為に準ずる重要な役割を果たすことで結果に対し強い因果性を及ぼしていれば共同正犯(共謀共同正犯)が成立し、それには及ばない程度の因果的寄与しか有しない場合には、幇助犯が成立するにとどまると考える。
 結果に対する因果性の程度を検討するに当たっては、共犯者の主従関係、謀議・準備・実行段階における役割分担を考慮する。
(3) これを本件についてみると、乙は窃盗計画の首謀者ではなく、犯行準備の関与もない。実行段階についても、見張りと絵画の持ち出し及び積み込みを手伝うにすぎず、窃取行為を直接行う者ではない。
 しかし、甲と乙は昔からの知人であり対等な関係であると考えられる。また、謀議において甲から一方的に指示されたというような事情はない。そして、計画段階で30%の分け前をもらう約束は、実行犯と見張りという役割分担の危険の性質を考えると平等な分配額であること、などからすると、主従関係があるとまではいえない。
 乙の実行段階の分担内容については、数時間おきに警備が来るA社倉庫で窃盗を行うためには、警備員の動向を把握し窃取者に対して適切な指示を行う見張りが必要不可欠であり、結果発生に対して強い因果性を有する。
 また、絵画は大きさ・重量からして一人で運ぶことができず、その占有移転には、乙の手助けが不可欠である。そして、占有移転は占有侵害罪たる窃盗罪の重要な要素である。
 以上により、乙は実行行為に準ずる重要な役割を果たすことで結果に対し強い因果性を及ぼしているといえる。したがって、甲・乙は共同正犯関係にある。
3 故意
 そして窃盗の計画において重要な役割を担うことを理解して参加しているのであるから窃盗の正犯の故意があるといえる。
4 結論
 以上により、乙には窃盗未遂罪が成立し、甲と共同正犯の関係にある。
第3 強盗致傷罪
1 共謀の範囲
(1) 甲はCに脅迫を加えて逃げており、その結果Cは全治7日の擦過傷を負っている。甲と乙の謀議に事後強盗を実現する意図が含まれていなければ、乙に強盗致傷罪が成立しないため問題となる。
(2) この点、甲及び乙は空き家など不在宅に立ち入るのではなく、警備員による見回りがされているA社倉庫に盗みに入ろうとしており、窃盗行為中に発見される危険性は十分認識していると考えられる。
 そうすると、窃盗の計画の中には、発見された場合の対処方法として、暴行・脅迫の意図も含まれていたと考えられる。
(3) したがって、謀議には暴行・脅迫の認識も含まれていたと考える。
2 因果関係の錯誤
(1) 事後強盗の謀議があるとしても、乙は甲が拳銃を所持し使用することまで認識していなかった。この場合、侵害に至る経過に錯誤があるから故意を肯定できるか。
(2) 故意とは犯罪事実の認識・予見であり、因果関係は構成要件要素であるから因果関係の認識は必要である。
 しかし、現実の因果経過と行為者が予見した因果経過にずれがあるとしても、構成要件内のずれにすぎない場合には、当該構成要件が禁止する違法事実の認識に欠けるところはないから故意は阻却しないと考える。
(3) これを本件についてみると、確かに乙は、甲が拳銃を所持し発砲することまでは認識していなかった。
 しかし乙は、窃盗及びこれが発覚した場合の手段として暴行・脅迫を使用する認識は有していた。また、警備員の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫は相当強度な態様にならざるを得ないため、致傷結果も生じうることは予見可能であるから、致死結果に対する過失(予見可能性)もあったと言える。
(4) したがって、因果関係の錯誤として、故意は阻却しないと考える。
3 結論
 以上により、乙には、強盗致傷罪が成立する。事後強盗罪は強盗致傷罪に吸収される。

罪数
 以上まとめると、甲には建造物侵入罪と強盗致傷罪が成立し、牽連犯(54条1項後段)となる。乙にも建造物侵入罪と強盗致傷罪が成立し、牽連犯となる。甲と乙は建造物侵入罪と強盗致傷罪につき、共同正犯(60条)となる。

以上


刑法事例演習教材 刑法事例演習教材 第2版