日々起案

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刑法事例演習教材04「黄色点滅信号」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

1 甲は、自己の運転中の事故によりBを死亡させているから、自動車運転過失致死罪(刑法(以下同法名省略)211条2項)の罪責を負わないか。以下検討する。
2 構成要件該当性
(1) 甲は、自己の運転する自動車を徐行させずに本件交差点に進入し、Aの自動車と衝突させており、Bはその衝撃で車外に放り出され、これにより脳挫傷等で死亡しているから、「自動車の運転」により「人を死傷させた」と言える。
(2) また、Bの死亡結果は、徐行せずに本件交差点に進入した甲の行為の危険が現実化したものであって、因果関係が認められ、甲の行為は自動車運転致死罪の構成要件を満たす。
3 過失
(1) 過失の意義
ア  しかし、甲は「必要な注意を怠」ったと言えるのか、過失の有無が問題となる。
イ  そもそも、過失は故意と並ぶ責任要素であり、その本質は、精神を緊張させていれば結果を認識・予見しえたにもかかわらず、これを怠ったことに対する責任非難である。従って、過失とは、予見可能性を前提とした予見義務であると解される。
ウ  そして、責任主義の観点から、予見可能性は抽象的なものでは足りず、特定の構成要件結果に対する具体的な予見可能性を要する。
エ  また、結果の予見可能性があっても、それを回避することが不可能であれば非難しえないから、結果回避可能性が無い場合には、責任要素たる過失が否定されると解する。
(2) 予見可能性の有無
ア  甲は、見通しの悪い本件交差点に徐行せず侵入しているから、道路交通法42条の徐行義務を怠っているが、行政法規への違反が直接に構成要件結果につながるわけではないから、これから直ちに衝突の予見可能性を認めることはできない。
イ  もっとも、黄色の点滅信号は、衝突事故が生じやすく徐行が必要な場所に設置されるものであって、甲の進入時に左右から車両が進入してくるということについては予見できたと言える。
ウ  更に、本件交差点は、時速20キロメートルで進入した場合でも、停止に必要な6.42メートル手前の地点で、衝突地点から28.50メートルの地点にいるはずの車を視認できないほど見通しが悪かった。甲は実際には時速30ないし40キロメートルで走行していたから、その停止可能距離はより長く、視認可能範囲はより狭くなっていたと解される。しかも、本件交差点では優先道路の指定がなかったから、左右からの車が、甲と同程度の速度で走行することは全く不自然ではない。以上の状況に鑑みれば、減速せずに本件交差点に進入すれば、左右からの車を視認可能となった時点で衝突を避けがたくなるであろうことは、経験則上明らかである。
エ  一方、衝突車の運転者Aは、時速70キロメートルの高速度で徐行も一時停止もせずに交差点に進入しており、かかる通常想定しがたい行為は、結果の予見を困難にする要素と言える。しかし、進入車両の速度や一時停止・徐行の有無は、左右からの進入車両がありうること自体とは関係がなく、単に当該車両を認識可能となった時点から衝突までの制動に必要な時間が短くなるにすぎない。そして本件では、上記のようにAが甲と同程度の速度で進入してきた場合ですら衝突の危険は大きかったのであるから、Aの上記違法行為があったとしても、甲に予見可能性があったことを認定しうる。
オ  以上を考慮すると、本件衝突事故に対する甲の予見可能性は肯定され、その場合には、横からの衝突の危険性から同乗者Bが死傷することについても、予見可能性を肯定できる。
(3) 結果回避可能性の有無
ア  本件では、時速10キロメートルないし15キロメートルに減速し、通常人に可能な限度で結果回避措置をとったとしても、なお衝突を回避できたとは断定できない。
イ  過失は罪となるべき事実であるから、過失の前提である結果回避可能性については、合理的な疑いを容れない程度の立証が無ければ結果回避可能性があったと認定することはできない。
ウ  本件では、上記のように結果回避可能性の存在に合理的な疑いがあるから、過失を認めることはできない。
4  以上より、甲は無罪となり罪責を負わない。

以上


刑法事例演習教材 刑法事例演習教材 第2版