日々起案

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刑法事例演習教材02「D子は見ていた」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問02の回答例。

第1 Aの財布を持ち去った行為について
1 窃盗罪の成否
(1)  甲は、Aの財布を無断で持ち去っているから、Aに対する窃盗罪(刑法(以下法令名省略)235条)が成立しないか。
(2)  Aに対する占有侵害の有無
ア 窃盗罪は他人の占有する財物を客体とすると解されるところ、Aは財布を置き忘れて別の場所に移動していたから、財布にAの占有があったといえるのか問題となる。
イ この点、刑法上の占有とは物に対する事実的支配関係と解されるから、物を置き忘れた場合に占有が継続しているかは、客観的に見て社会通念上なお占有者の支配力が及んでいるといえるかで判断すべきであり、具体的には、置き忘れからの①時間的接着性、②距離的接着性、③事実的支配を推認させる客観的状況等を考慮して判断する。
ウ 本件では、Aは財布を置き忘れて6階から地下1階まで降りており、置き忘れに気付いて6階に戻るまで約5分が経過している。
 ①引き返すまでの5分が長いとはいえないが、②地下1階と6階では距離的に相当離れていたといえるし、③スーパーマーケットのベンチは、あえてそこに財布を置いておくことは通常ありえない場所なので、事実的支配を推認させるような客観的状況もないといえる。
エ よって、Aの財布に対する支配力は社会通念上失われており、財布にAの占有は及んでいないから、Aに対する占有侵害は存在しない。
(3)  B、Dに対する占有侵害の有無
ア Aの占有が失われたとしても、その後にB又はDの占有が生じていないか問題となる。
イ この点、不特定多数人の出入りを前提とするスーパーマーケットで、置き忘れられた物が即店の管理に入るような支配力は認められないから、Aの財布にBの事実的支配が及んでいたとはいえない。
ウ また、Dについても、6メートル離れたところから注視していたにすぎず、自らこれを確保又は管理して置き引き等を防止するといった態勢にはなかったのであるから、事実的支配は認められない。
エ よって、甲の財布にはB、Dの占有も生じておらず、甲の行為は占有侵害にあたらない。
(4)  以上より、Aの財布はいずれの占有にも属していなかったのであるから、窃盗罪の客体に当たらず、甲に窃盗罪は成立しない。
2 占有離脱物横領罪の成否
(1)  甲は、占有の失われた財布を持ち去っており、それを自分のものにしようという不法領得の意思も認められるから、占有離脱物横領罪(254条)の構成要件に該当する。
(2)  しかし、甲は当該財布をCのものであると思い、Cに対する窃盗の故意で財布を持ち去っているから、錯誤により故意が阻却されないか問題となる。
(3)  この点、故意とは構成要件該当事実の認識であるから、異なる構成要件間の錯誤(抽象的事実の錯誤)は原則として故意を否定すべきであるが、実質的に構成要件の重なり合いがあれば、その限度では構成要件該当事実の認識があると評価でき、故意を認めうる。
(4)  そこで占有離脱物横領罪と窃盗罪についてみると、占有離脱物横領罪は所有権を保護法益としている。一方、窃盗罪も、「他人の財物」を客体とすることから、保護法益は財物に対する所有権その他の本権であると解され、占有については、本権に基づき、あるいは外観上本権に基づくとみられる場合にこれを保護する趣旨であると解される。とすると、両罪はともに所有権を保護法益とし、領得行為によってこれを侵害する罪であるという点で共通するから、かかる限度で実質的に構成要件が重なり合うといえる。よって、甲には軽い占有離脱物横領罪の限度で故意が認められる。
(5)  以上より、甲は占有離脱物横領罪の罪責を負う。

第2 A名義のクレジットカードを利用した行為について
1 詐欺罪の成否
(1)  甲は、A名義のクレジットカードを利用してFから財物の交付を受けているから、詐欺罪(246条)が成立しないか。
(2)  詐欺罪は財産犯である以上財産的損害を成立要件と解すべきであるが、E信販会社が立て替え払いに応じている以上、加盟店には財産的損害は認められない。これに対し、加盟店による財物の交付自体を損害と考える見解もあるが、現に取引対価を得ている場合にまで損害を認めることは、損害概念の形骸化を招き妥当ではない。
(3)  そもそも、詐欺罪の本質的要素は錯誤に基づく処分行為であるから、被欺罔者が処分行為者たりえれば、被害者まで一致する必要はない。そして、クレジット契約の実体を信販会社による債務引受と解すれば、加盟店には信販会社に立替払いをさせるという権限が認められるから、信販会社の財産に対する処分権限者といえる。
(4)  よって、甲によるクレジットカードの不正利用は、加盟店のFを被欺罔者かつ処分行為者とし、信販会社Eを代金債務引受による被害者として、甲が代金債務免脱の利益を得たものであるから、利得詐欺罪(246条2項)の構成要件に該当する。
(5)  そして、甲は自己がAであるとFに誤信させ、A名義のクレジットカードで代金債務を免れているから、246条2項の構成要件を満たし、これを認識しているから故意も認められる。
(6)  よって、甲は詐欺罪の罪責を負う。
2 私文書偽造罪及び同行使罪の成否
(1)  甲は、売上伝票にAと署名しているから、私文書偽造罪(159条1項)が成立しないか。
(2)  まず、売上伝票は売買の存在を証明する文書であるから、「権利、義務…に関する文書」に該当する。
(3)  次に、文書偽造罪の保護法益は文書に対する社会的信用であって、その本質は、当該文書の内容に関する責任追及可能性を担保することにある。とすれば、文書内容の虚偽にかかわらず、文書作成主体たる名義人にさえ偽りがなければ、文書の作成について名義人への責任追及が可能となるから、文書に対する社会的信用は害されないといえる。したがって、「偽造」とは、名義人と文書作成者との同一性を偽ることであると解される。
(4)  そして、かく解すれば、事実上の文書作成者が名義人と異なるとしても、作成者が名義人から作成権限を与えられていれば、責任は名義人に帰属し文書の信用性を害しないから、「偽造」には該当しない。 売上伝票は、売買の当事者として代金債務を負う者が署名するものであるから、意思主体は署名から把握され、本件売上伝票の名義人はAであると解される。
(5)  そして、甲はAから売上伝票についての作成権限を与えられていないから、甲によるA名義の署名は名義人を偽ったものとして「偽造」に該当する。
(6)  甲はこれをFに交付する目的があり「行使の目的」も認められるから、私文書偽造罪が成立し、また実際にFに交付して使用しているため同行使罪(161条1項)が成立する。

第3 罪数
 私文書偽造・同行使罪と詐欺罪は牽連犯(54条1項)となり、これらと占有離脱物横領罪は併合罪(45条)となる。

以上


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