日々起案

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刑法事例演習教材01「ボンネット上の酔っぱらい」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問01の回答例。

Aに対する罪責
第1 Aの顔面を殴打した行為について
1 甲は、Aの顔面を手拳で軽く1回殴打しているから、暴行罪(刑法208条、以下条文のみ示す)の罪責を負わないか。
2 構成要件該当性
 「暴行」とは、人の身体に対する有形力の行使をいう。Aの顔面を手拳で軽く1回殴打する行為は、人の身体に対する有形力の行使にあたる。よって、「暴行」に該当する。
3 故意
 故意とは、犯罪事実の認識・予見のことをいう。甲には殴打の認識もあるから暴行の故意も認められる。
4 正当防衛(36条1項)
(1) 正当防衛は違法性阻却事由であり、その根拠は、防衛行為者に、不正な侵害者との関係で回避・退去義務が無い点にある。
 甲はAを殴打する前に、Aから胸ぐらを掴まれそうとなっているから、正当防衛が成立しないか。
(2) 急迫不正の侵害
ア 甲は、Aが甲の車の窓から手を入れてきて、胸ぐらを捕まれそうになった。しかしこれは、甲の侮辱発言を発端としており、自ら招いた侵害のように思える。
 自招侵害は、自己が挑発的言動を控えれば侵害を回避できたのであるから、それが正当な活動と評価されない限り、侵害を回避すべき義務がある。にもかかわらず、回避せずに生じた侵害は、回避すべき侵害が現実化しているにすぎないから、急迫不正の侵害とはいえないと考える。
イ これを本件についてみると、甲はAに侮辱発言をしたものの、その発言は、Aの道路に寝転ぶ行為に対して向けられている。Aの行為は道路交通法上違法で、危険かつ異質な行動であり、甲は回避することができなかった。そうすると、甲の挑発的発言は、正当な活動であるといえる。
ウ したがって、侵害を回避すべき自招な侵害であるとはいえず、急迫不正の侵害は認められる。
(3) 防衛するため
 甲はAからの暴行を避け、隙をみて逃げるために殴打したのであるから、防衛のためにする行為である。
 なお、客観的な正当防衛状況が違法性阻却を基礎付けるから防衛の意思は要件として不要である。
(4) やむを得ずにした行為
 やむを得ずにした行為というためには、防衛の手段として必要かつ相当でなければならない。なぜなら、正対不正の関係であるから補充性までは不要であるが、過剰防衛(38条2項)にあたらない程度の手段でなければならないからである。
 そして相当性とは、結果の衡量ではなく、侵害行為と防衛行為の危険性を衡量して判断する。
 これを本件についてみると、胸ぐらをつかもうとした相手の顔面を素手で軽く一回殴打する行為は、車内に侵入してくる手を排除するための対抗行為であり、必要な行為である。
 そして、お互いが素手同士あること、車内から座った状態での殴打であること、絡んでくる酔っ払いを払いのける対抗手段であったことなど考えると、防衛手段として相当である。
(5) 以上により正当防衛の要件を全てみたす。
5 結論
 正当防衛の成立により違法性が阻却される。したがって甲に暴行罪は成立しない。
第2 Aを車のボンネットから振り落とした行為について
1 甲は、Aを車のボンネットから振り落としているから、殺人未遂罪(199条、203条)が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 甲は、Aをボンネットに乗せたまま車を発車させ、時速70キロメートルで国道上を疾走しつつ、急ブレーキを何度もかけたり蛇行運転をするなどしながら約2.5キロメートルにわたって同乗を運転して走行し、午前0時35分ころ、路上において急ブレーキをかけて同車のボンネット上からAを振り落して転落させ、Aに頭部外傷等の加療約2週間を要する傷害を負わせている。
(2) 上記行為は傷害罪(204条)の構成要件に該当するが、Aをボンネットに乗せたまま、高速で蛇行運転をして振り落とす行為は、死の結果を惹起しうる危険性を有する。
 この場合、甲に殺人罪(199条、203条)の未必の故意が認められるのであれば、殺人未遂罪と評価できる。そこで、殺人罪未必の故意が認められるのか。
2 故意
(1) 未必の故意とは、行為者が、犯罪事実の発生を確定的なものとしては認識していないが、その発生がありえないわけではないものと認識している心理状態をいう。
 故意は、違法な構成要件から生ずる結果発生の認識・予見がありながら、当該結果を生じさせないような行為に至る動機としなかった場合に認められるところ、確定的な認識がなくとも違法性は十分認識できることからすれば、そのような動機はもちうるため、未必の故意も故意と考えることができる。
(2)ア これを本件についてみると、甲はAをボンネット上から振り落とそうと考え、時速70キロメートルものスピードで走りつつ、急ブレーキの使用と蛇行運転を約2.5キロメートルの間繰り返している。
イ 車にしがみついた状態で振り落されれば受け身も取れず、ましてや70キロメートルもの高速では路上に叩きつけられるに等しい。しかも国道1号であればアスファルト舗装されているから、その衝撃は相当なものである。当たり所に関わらず、死の危険性が極めて高い行為である。
ウ 甲はこのような危険性の高い行為を行うことを認識しており、死の結果に対する確定的な認識なないとしても死の結果の発生がありえないではないとの認識はあったと考えられる。
(3) 以上により、殺人の未必の故意が認められる。
3 正当防衛
(1) 甲が車でAを振り落す前に、Aが車のボンネットに乗ってきているから、正当防衛が成立しないか。
(2) 急迫不正の侵害
 甲の適法な有形力の行使を逆恨みして甲を追いかけ、車の前に立ちはだかり、ボンネットの上に乗るというAの行為は、不法な有形力の行使であり、急迫不正の侵害である。
(3) 防衛するため
 甲はAから逃げようとして車を走らせているから、防衛に向けられた行為である。
(4) やむを得ずにした行為
ア やむを得ずにした行為であるというためには、防衛の手段として必要かつ相当でなければならない。
イ Aから逃れるために車を走らせることは必要な甲であるといえる。
ウ それでは相当な行為であるといえるか。相当性は、防衛行為として相当な行為か否かを問題とするから、結果の衡量ではなく、侵害行為と防衛行為の危険性を衡量して判断する。
 なぜなら、正当防衛は不正に対する正当な権利行為であることからすれば、行為者に求められるのは、具体的状況下で必要最小限度の行為選択をすることにとどまるからである。
 これを本件について考えると、車内にいる状態でボンネット上のAから逃れるためには車を動かす以外に方法はないと考えられる。
 しかし、少なくとも車内にいる限り甲に切迫した生命の危険はなく、自動車を棄損される危険性があるにすぎない。にもかかわらず、約70キロメートルの速度で疾走し、急ブレーキや蛇行運転を繰り返すなど、死の結果を惹起しうる危険性の高い行為をすることは、財物を防衛する手段としては過剰であり、相当な限度を超えている。
 そして、例えば人通りの多い場所まで低速で移動しそこで助けを求めるなど、Aに過度の危険を生じさせない他の手段は容易に認められる。
(5) したがって、甲の行為は防衛の程度を超えた行為であるから、正当防衛は認められず、過剰防衛が成立する(36条2項)。
4 結論
 甲には殺人未遂罪の過剰防衛が成立する。

Bに対する罪責
第1 傷害罪(204条)
1 甲が車を進行させたことによりBは打撲傷を負っているため傷害罪が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 「傷害」とは、不法な有形力の行使等により人の生理的機能に不良な変更を加えることをいう。甲は、Bの体から約1メートル離れた地点に車を進行させたところ、Bがあわてて身を避けようとして転倒し、全治1週間の打撲傷を負っている。
(2) Bの身体のすぐ側を走行させる行為は、それ自体傷害の危険性を有している。物理的接触の有無に関わらず、有形力の行使にあたる。
(3) 車が向かってくれば接触するかもしれないとあわてて身を避けようとすることはあり得ることであり、相当因果関係も認められる。
(4) 以上により、甲の行為は傷害罪(204条)の構成要件に該当する。
2 故意
(1) 甲は、Bの体のすぐ側を走行させようと認識していたのであるから、暴行の故意が認められる。
(2) 傷害は暴行の故意があればよいが、責任主義の観点から加重結果の過失(予見可能性)が必要となる。Bが、向かってくる車をあわてて避けようとして怪我をすることは、自動車を運転する甲にとって経験則上明らかであるから、結果発生を予見することができた。
(3) したがって、甲に故意が認められる。
3 正当防衛(36条1項)
(1) 甲が車を進行させる前に、BはAと共に進路妨害等をしているから正当防衛が成立しないか。
(2) 急迫不正の侵害
 BはAと共に進路を防ぎAがボンネットに乗るなど、甲に対して不法な有形力を行使してきており、急迫不正の侵害があるといえる。
(3) 防衛するため
 甲は逃げようとして車を発進させており、防衛のためにした行為であるといえる。
(4) やむを得ずにした行為
 やむを得ずにした行為であるというためには防衛行為としての必要性、相当性が必要であるところ、上述のとおり車を動かす行為は必要である。そして、Bは傷害を負ったもの、甲はBと物理的接触なく車を動かしていることから、防衛手段として過剰とまではいえない。したがって、相当性も認められる。
(5) 以上により、正当防衛が成立する。
4 結論
 正当防衛の成立により違法性が阻却される。したがって甲に傷害罪は成立しない。

罪数
 以上まとめると、甲にはAに対する殺人未遂罪(199条、203条)が成立し、過剰防衛(36条2項)により任意的に減免される。

以上

刑法事例演習教材 刑法事例演習教材 第2版