日々起案

田舎で働く弁護士が、考えたことや気になったことを書いています。

刑法事例演習教材19「週刊だけど『毎朝』」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

第1 甲の罪責について
1 甲は、(1)ないし(3)の記事において、ACEを犯人として扱っているが、かかる行為につき名誉毀損罪(230条1項)が成立しないか。
2 記事(1)について
(1) 構成要件該当性
ア 名誉毀損罪は、摘示事実について「その事実の有無にかかわらず」成立するから、同罪が保護する「名誉」とは外部的・事実的名誉、すなわち社会的評価であると解される。そして、社会的評価の低下を立証することは困難であるから、社会的評価を低下させる程度の事実の指摘があれば、実際に評価が低下したことは要しない。
イ 記事(1)は、「捜査関係者」の言葉を借りて、AがB殺害の真犯人であることを暗に断定しているから、Aが殺人を犯した悪人であるという悪評価をさせるに足る事実の指摘をしているといえ、「名誉を毀損した」ものといえる。
ウ また、「公然」とは不特定多数人が認識しうる状態をいうと解するところ、この記事は「週刊毎朝」という不特定多数の人が購読しうる週刊誌に掲載されているから、「公然と事実を摘示」したものといえる。
エ 以上より、甲の記事(1)掲載行為は名誉毀損罪の構成要件に該当する。
(2) 公共の利害に関する場合の特例
ア 230条の2は、①「公共の利害に関する事実」の指摘であること、②「専ら公益を図る」目的であること、③摘示事実が真実であることの証明があったことを要件として、名誉毀損罪に該当する行為を不可罰としている。そこで同条の適用の有無を検討すべきところ、これと関連して同条の趣旨が問題となる。
イ この点、同条は、個人の名誉と表現の自由憲法21条)の調和を図った規定であると解される。すなわち、国民が民主的な意思決定をなすのに必要な事実については、自由な言論の下で公衆の批判に晒す必要があるから、たとえそれが個人の名誉を害するとしても、かかる事実の摘示を適法な行為として保護すべきとする趣旨である。そうだとすれば、同条は単なる処罰阻却ではなく、摘示行為の違法性自体を阻却する規定であると解される。
ウ かかる趣旨に鑑みれば、①「公共の利害に関する事実」とは、民主政の過程で主権者たる国民が知っておくべき事実であると解される。また、そのような事実はそもそも一般に知られているべきであるから、その摘示目的如何によって適法性が左右されると考えるべきではなく、②「専ら公益を図る」目的は、摘示事実が「公共の利害に関する事実」であることの認識があれば足りると解すべきである。更に、虚偽の事実が国民の意思決定に資することはありえないから、実体的な違法性阻却事由としては摘示事実が真実であることが必要であり、③「真実であることの証明」もこれを定めたものであると解する。
エ 本件についてみると、①「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす」(230条の2第2項)とされるところ、記事(1)は、未だ起訴されていないAが、殺人事件の犯人であるという事実を指摘するものであるから、「公共の利害に関する事実」に該当する。また、②甲にもかかる事実に該当するという認識はあるから、「目的が専ら公益を図る」場合に該当する。しかし、③Aは起訴すらされておらず、摘示事実が真実であることすなわちAが殺人の真犯人であることの証明はないし、他の報道における「一般的な論調」を参考として記事を書いた甲に、そのような証明が可能とは考えられない。
オ よって、記事(1)について230条の2による違法性阻却は認めがたい。
(3) 故意
ア 「真実であること」の証明ができなかったとしても、甲は「AがB殺害の真犯人であることは間違いないと考え」ていたのであるから、「真実であること」につき誤信があり、錯誤により故意が阻却されないか。
イ 故意とは違法事実の認識であると解されるところ、違法性阻却を基礎づける事実の認識があれば、違法を基礎づける事実の認識がなかったと評価しうるから、故意は阻却される。
ウ 「真実であることの証明」については、上記のように違法性阻却事由であると解される。また、実体法的解釈上はあくまで「事実が真実であったこと」を違法性阻却事由と解さざるを得ない。よって、真実性を誤信していた甲は、錯誤により故意が阻却される。
(4) 相当な根拠なく真実性を誤信した者の可罰性
ア 名誉と表現の自由の調和という230条の2の趣旨に鑑みれば、同条が保護するのはあくまで正当な言論行為である。そして、正当な言論というためには原則として真実の言論である必要があり、真実性が明らかでない場合にはこれを明らかにするための情報収集義務が課されていると解すべきである。そうだとすると、同条はかかる義務を尽くした場合にのみ違法性を阻却する趣旨であると解される。これを換言すれば、情報収集義務を尽くせば虚偽性を認識しえたにもかかわらずこれをしなかった場合には、なお可罰性が認められるということであるから、同条は、名誉毀損罪の過失犯処罰を定める「特別の規定」(38条1項ただし書)にあたると解すべきである。そこで、以下過失の有無について検討する。
イ 過失とは、精神を緊張させていれば結果を認識・予見しえたにもかかわらず、これを怠ったことに対する責任非難である。従って、過失とは、予見可能性を前提とした予見義務であると解される。
ウ 本件では、記事(1)の掲載にあたり、甲は「多くのメディアが報道していることから、AがB殺害の真犯人であることは間違いないと考え」たのであり、特にAの犯人性を裏付ける証拠資料も有していなかったのであるから、Aが殺人犯であるという事実が真実でないことも予見可能であったといえ、甲には過失が認められる。
(5) 以上より、甲は記事(1)の掲載につき名誉毀損罪の罪責を負う。
3 記事(2)について
(1) 構成要件該当性
 記事(2)では、Cが私的買物のレシートを会社に持ち込んで経費として現金を受領し、会社資金を横領したとする事実が指摘されている。かかる犯罪事実はCの社会的評価を低下させるに足るものであるから、これを週刊誌に掲載した甲の行為は名誉毀損罪の構成要件に該当する。
(2) 公共の利害に関する場合の特例
ア 刑罰の適正及び裁判の公開は憲法上も定められた、民主政に不可欠な事項であるから、刑法犯の裁判結果も当然に「公共の利害に関する事実」に該当するといえる。
イ そして、そのような事実であることを認識している以上、「目的が専ら公益を図る」場合にも該当する。
ウ しかし、Cはその後無罪が確定しているのであるから、Cが横領罪を犯したという事実については、真実でなかったことが明らかとなったものといえ、「真実であることの証明があったとき」という要件を充足することは不可能であるといってよい。
エ よって、甲には230条の2による違法性阻却は認められない。
(3) 故意
ア 甲はCの当該横領事件裁判の「第1審判決の事実認定が正しいと考え」て、記事(2)を掲載したのであるから、摘示事実の真実性につき錯誤に陥っている。
イ 前述のように、かかる錯誤は違法性阻却を基礎づける事実の錯誤として故意を阻却するから、甲は故意が阻却される。
(4) 過失
ア 前述のように、230条の2は過失犯処罰規定にもあたると解されるところ、甲には摘示事実の真実性を誤信した点につき過失があるか。
イ この点、甲は上記第1審判決の判決文に即して記事を作成している。これに対し甲は独自調査等は行なっていないが、裁判所による判断は、第1審であっても高度の信頼性があると一般に認識されているから、一介の記者である甲の独自調査をするまでもなく判決文の内容が真実であると信じるのも、無理からぬ事である。
ウ よって、甲には記事(2)掲載の事実が虚偽であることにつき予見可能性があったとはいえず、過失は認められない。
(5) 以上より、甲は記事(2)の掲載につき何ら罪責を負わない。
4 記事(3)について
(1) 構成要件該当性
 記事(3)では、EがD市における連続放火の犯人であると暗に断定している。記事内ではEの本名は掲載されていないが、関係者が読めばEのことであることが明らかな書き方であったのだから、かかる記事はEの社会的評価を低下させるに足る事実の摘示といえる。よって、甲の記事(3)掲載行為は、名誉毀損罪の構成要件に該当する。
(2) 公共の利害に関する場合の特例
ア 記事(3)は現に発生している連続放火犯に関するものであるから、「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実」(230条の2第2項)にあたり、「公共の利害に関する事実」とみなされる。
イ そして、甲においてそのような事実であることにつき認識がある以上、「目的が専ら公益を図ること」にあったといえる。
ウ しかし、実際にはFが真犯人として逮捕され、有罪も確定していることから、記事(3)は真実でなかったと認められ、事実が「真実であることの証明があったとき」との要件は充足し得ない。
エ よって、記事(3)の掲載につき違法性は阻却されない。
(3) 故意
 前述のように、摘示事実の真実性につき錯誤があれば故意が阻却されるところ、甲は乙の発言からEが犯人であると信じていたから、甲の故意は阻却される。
(4) 過失
ア 230条の2が過失名誉毀損罪を処罰していると解されるところ、記事(3)の掲載につき甲に過失はあるか。
イ この点、記事(3)の作成においては、一般人である乙の発言以外に依拠する資料はなく、かかる発言の裏付け取材すら十分には行われていなかった。このような薄弱な根拠に基づいた事実摘示が真実に反しうることは容易に予見できるから、甲には過失が認められる。
(5) 以上より、甲は記事(3)の掲載行為につき名誉毀損罪の罪責を負う。

第2 乙の罪責について
1 乙は、記事(3)の作成にあたって、「犯人はEに間違いない」などと甲に話していることから、名誉毀損罪が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 乙はEが放火犯人であるという事実を摘示しており、かかる事実はEの社会的評価を低下させるに足るものである。しかし、乙は甲1人に話しただけであるから、「公然」の要件を充足しないのではないか。乙が、自己の発言が記事に掲載される可能性があると認識していたこととの関係で問題となる。
(2) この点「公然と事実を摘示し」という文言からみて、公然性は事実摘示行為について必要な要素であると解されるし、その後の不特定多数人への伝播の有無で処罰の有無が変わるのは不合理である。よって、公然性はあくまで事実摘示行為について必要であると解され、仮に不特定多数人への伝播可能性を認識していたとしても、「公然と事実を摘示」したとはいえないと解する。
(3) 本件では、乙は甲1人に対して事実を摘示したにすぎないから、「公然と事実を摘示」したといえず、かかる行為は構成要件に該当しない。
3 共犯
(1) 乙自身の行為が名誉毀損罪の構成要件に該当しないとしても、甲の記事(3)掲載可能性を認識しつつこれに協力していることから、甲との名誉毀損罪の共犯が成立しないか。
(2) この点、乙は名誉毀損行為について甲と意思連絡をしたわけではない。しかし、共犯の処罰根拠は、他人の行為を介して、構成要件的結果を惹起する点にあるから、甲の名誉毀損罪について物理的・心理的因果性を有していれば、乙には甲との共犯が成立しうる。そして、正犯性を認めるに足る強度の因果性が認められれば共同正犯となり、犯意を誘発し、あるいは結果発生を容易にする程度の因果性であれば、それぞれ教唆(61条)、幇助(62条)となる。
(3) そこで乙についてみると、乙は自己の発言が記事に掲載される可能性を認識している。しかし、取材によって得られた発言は、通常記者側で裏付け調査をした上で取捨選択し、記者側の自由意思で掲載の有無を決定するものである。また、乙は単なる一般人であって甲に影響を与えうるような地位にもない。そうだとすれば、乙の発言は、甲に対し強度の物理的・心理的因果性を及ぼすどころか、記事掲載の意思を誘発させ、あるいはそれを容易にするものとすらいえない。
(4) よって、乙は甲と共犯関係に立つとはいえず、名誉毀損の共犯は成立しない。
4 以上より、乙は何らの罪責も負わない。

以上


刑法事例演習教材 刑法事例演習教材 第2版

刑法事例演習教材14「燃え移った炎」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

1 甲乙丙は、洞道から一時退出する際にトーチランプの消火を怠っており、これによりトーチランプから防護シートに火が燃え移ったのち、洞道壁面を焼損していることから、業務上失火罪(117条の2、116条2項、110条1項)が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 客体
ア 放火罪・失火罪は、木造建築物の多い我が国における火災の危険性から特に重罰規定を置いたものと解されるところ、同罪における「建造物」とは家屋その他これに類似する工作物であって、本件洞道はこれに該当しない。
イ また、「鉱坑」も、同様に火災の危険が極めて大きい炭鉱等の坑道を指すと解され、本件洞道はこれに該当しない。その他、「汽車、電車、艦船」にも該当しないことは明らかである。
ウ よって、本件洞道は「建造物等以外」として110条1項の客体に該当する。
(2) 焼損
ア 放火罪・失火罪が重く処罰されているのは、火が容易に燃え広がる性質を持ち、公共の危険を生じやすいからである。よって、「焼損した」(116条2項)とは、毀棄罪における損壊等にとどまらず、火が媒介物を離れて独立に燃焼を継続しうる状態に達したことをいうと解する。
イ 本件では、洞道壁面が225メートルも燃え広がっており、独立に燃焼していたと認められるから、建造物等以外の物たる洞道壁面を「焼損した」といえる。
(3) 公共の危険
ア 建造物等以外に対する失火が可罰的となるには、「公共の危険を生じさせた」ことが必要である(117条の2、116条2項)から、「公共の危険」の意義が問題となる。
イ 放火罪・失火罪が特に重く処罰されているのは、木造建築物の多い我が国において建造物火災は延焼によって容易に拡大し、生命・身体・財産に対する多大な危険が生じやすいからである。したがって、「公共の危険」についても、108条・109条1項の建造物等に対する延焼の危険と解するのが原則である。
ウ しかし、延焼による拡大は建造物以外を介しても生じうるし、火はその性質上、不燃性の物であってもそれを高温に熱したり、煙や有毒ガス等を発生させることで、延焼を伴わずに生命・身体・財産に対する侵害を拡大させる危険が大きい。そうだとすれば、「公共の危険」について建造物等への延焼の危険に限定すべきではなく、不特定又は多数の人の生命・身体・建造物等以外の財産に対する危険も含まれると解する。
(4) 本件では、大量の煙によって多数の人が避難を余儀なくされるなど、多数の人の生命・身体への危険が生じている。よって、「公共の危険」は生じたといえる。
3 過失の共同正犯の肯否
(1) 本件では、甲と乙が各1個ずつトーチランプを使用し、そのいずれかが出火の原因であることは判明しているが、実際にいずれが原因となったかは明らかでない。そうすると、甲らのいずれの行為が火災に至る因果の起点となったか確定できず、行為と結果との因果関係を肯定できないから、甲らは単独犯としてはせいぜい過失犯の未遂犯となり、不可罰である。このように、既遂結果の発生にもかかわらず既遂犯の罪責を負う者がいなくなることは、法感情に反し妥当でない。そこで、因果の起点がいずれの行為であっても既遂犯として帰責するため、甲らに共同正犯が成立しないか検討する必要があるが、過失の共同正犯が成立しうるのか問題となるため、以下検討する。
(2) この点、共犯の処罰根拠は、他人の行為を介して法益侵害結果を惹起する点にある。確かに、過失犯では、故意犯のように意思を連絡して犯罪を共同実行するということは考えられないが、客観的には結果発生の危険のある行為について、結果発生の認識なく共同実行するということは十分ありうる。そうだとすれば、過失犯であっても、かかる危険な行為を共同実行したことについては物理的因果性が認められる。また、当該行為の実行につき意思連絡があれば、互いへの信頼から過失を助長・強化し合うという心理的因果性も認められる。よって、互いの過失行為を介して結果惹起に因果性を及ぼしうるから、過失の共同正犯も肯定されうる。
(3) もっとも、過失の共同正犯を認めると処罰範囲を不当に拡大するおそれがあるから、その成立は、他の行為者の過失行為による結果発生を自己の過失行為によるものと同視しうるような場合に限定すべきであると解する。すなわち、共同者が、同一の結果防止のために重畳的に共通の注意義務を負担しており、各自が自己の注意義務さえ尽くしていれば必然的に他の行為者の過失による結果発生をも防止しえた、というような場合であることが必要である。
(4) 一方、他の共同者の行為についても注意を払わなければならないという相互監視義務がある場合については、他の共同者の行為について注意をしなかったということ自体から過失を認めうるので、過失同時犯として処罰すれば足り、かかる場合には過失の共同正犯を認める必要はない。
4 本件での共同正犯の成否
(1) 過失行為の共同実行の有無
甲らは、洞道内におけるトーチランプを使用した作業という火災の危険のある行為を共同で行っており、当該行為を行うことについては意思連絡があるから、各自が火災結果につき因果性を有しているといえる。
(2) 共通の注意義務の有無
ア 甲は、本件作業における現場主任であったことから、甲には作業員全員の行為に気を配り、危険な行為があればこれを是正して災害を防止すべき立場にあったと解すべきである。そして、洞道内での火災が極めて危険であることに鑑みれば、甲には、退出時に全てのトーチランプについて消火を確認する義務があったと認められる。
イ 乙は単なる現場作業員であるが、本件作業は見習作業員の丙を含めたわずか3人のみで行われ、甲は丙に対する個別指導も行なうなど現場主任としての本来の職務に専念できない状態でもあった。そうだとすれば、甲と乙は実質的には対等に近い立場にあったものと考えられ、乙についても、甲と同様、退出時に全てのトーチランプについて消火を確認する義務があったと認められる。
ウ 丙については、見習作業員であって、現場の作業についても指導を受けながら行っていたものであるから、安全確認についても甲乙に従ってこれを行う義務があったとしか認められない。
エ 以上より、甲乙には、それぞれ全てのトーチランプに対して消火確認をする義務があったと認められ、甲乙各自が自己の義務を尽くしさえすれば、必然的に他方の消火確認懈怠による結果をも防止しえたといえる。一方、丙にはかかる関係は認められない。よって、甲乙は共同正犯として互いの行為による結果発生についても帰責され、丙にはかかる関係が認められない。
(3) 具体的な過失の有無
ア 過失の共同正犯が成立するためには、更に各行為者における具体的な過失の有無を検討する必要がある。なぜなら、他の者の行為について共同正犯として帰責されうるとしても、共同行為からの結果発生にすら予見可能性及び結果回避可能性がないのであれば、結果を予見しえたのにこれを怠ったという責任非難はできないからである。
イ 本件では、「洞道外に退出するにあたり、…火災が発生する危険があり、これを十分に予見することができた」とされており、甲乙いずれについても、共同で退出した行為から結果が発生することの予見可能性はあったと認められる。
ウ また、トーチランプの確認及び消火は容易にできるので、結果回避可能性も認められる。
(4)  よって、甲乙には業務上失火罪の共同正犯が成立し、丙は罪責を負わない。

以上


刑法事例演習教材 刑法事例演習教材 第2版

刑法事例演習教材10「偽装事故の悲劇」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

第1甲の罪責について
1 Aに対する罪
(1) 甲は、Aに軽い傷害を負わせる意図で自己の運転する自動車を後ろからAの自動車に追突させてAに頸椎捻挫の傷害を負わせ、結果としてAは死亡しているから、Aに対する傷害致死罪(205条)が成立しないか。
(2) 傷害罪の構成要件該当性
ア 傷害致死罪は傷害罪(204条)の結果的加重犯であるから、まずは基本犯たる傷害罪の構成要件該当性が問題となる。
イ 傷害罪における「傷害」とは、身体の生理的機能の障害又は健康状態の不良な変更を意味すると解されるところ、甲は自己の運転する自動車をAの自動車に追突させ、その衝撃でAに頸椎捻挫という身体の生理的機能の障害を生ぜしめているから、かかる行為は傷害罪の構成要件に該当する。
(3) より重い傷害及び死亡結果との因果関係
ア 追突行為が傷害罪の構成要件に該当するとしても、当該行為は、Aと乙との衝突事故という介在事情によって生じた傷害結果及び死亡結果についてまで因果関係を有するか。
イ 因果関係とは、客観的に見て結果が行為に帰属するかという問題であるから、因果関係の存否は、条件関係を前提として、実行行為の有する危険が現実化したといえるか否かによって決すべきである。
ウ そして、介在事情が存在する場合には、当該介在事情が、実行行為によって設定された因果経過の範囲で生じたにとどまるといえる必要があるから、①実行行為の危険性、②介在事情の結果に対する寄与度、③介在事情の異常性を総合考慮して判断する。
エ 乙による衝突との関係
(a) 乙による衝突がなければAには頸椎捻挫しか生じず、死亡の結果も生じなかったであろうから、条件関係は認められる。
(b) 自動車の追突はそれ自体運転者に大きな衝撃を与える危険なものであるうえ、交通量の多い市中心部の交差点で赤信号停車中に追突すれば、車両が行き交う交差点内に押し出され、更なる事故を誘発する可能性が高いから、その危険性は極めて高い。
(c) 一方、Aの死因は乙との衝突事故で右後頸部に負った血管損傷等の傷害であるから、乙による衝突はAの死亡結果に対し寄与度が大きいといえる。
(d) しかし、そもそも乙とAとの衝突事故は、甲の追突行為によってAの自動車が交差点上に押し出されたことを大きな原因として生じたものであり、甲の追突行為に誘発されたものといえる。よって、乙とAとの衝突事故は、乙の前方不注意の有無にかかわらず、甲による追突行為と強い関連をもって発生したものであって、異常なものとはいえない。
(e) したがって、乙による衝突は甲の実行行為の危険の現実化を阻害するものとは認められない。
オ Aが病院で暴れたこととの関係
(a) Aは手術成功により一旦容体が安定し、加療3週間との判断がなされるほどに回復しており、Aが病院で暴れ安静にしなかったことが死亡の直接の原因となった可能性もある。
(b) しかし、Aの死因は上記衝突事故による傷害に基づく脳機能障害であって、Aの行為は治療効果を減殺した可能性があるにとどまるから、結果に対する寄与度が大きいとまではいえない。
(c) また、医学的に素人である患者は自己の状態を正確に認識できない場合が多いから、早く退院しようと無理な行動をとろうとすることも経験則上稀有とはいえず、Aの行為が異常なものとも解されない。
(d) したがって、Aの行為は、甲の実行行為の危険の現実化を阻害するものとは認められない。
カ 以上より、介在事情を考慮してもなおAの死亡結果は甲の実行行為の危険が現実化したものといえるから、因果関係が認められる。
(4) 同意の存在について
ア Aは、保険金の詐取を目的として、甲による自己への傷害について同意していたから、同意によって甲の行為は違法性が阻却されないか。
イ 個人的法益は、法益主体が自己決定権に基づいて自由に処分可能であると解すべきところ、処分された法益は要保護性を失うため、同意に基づく法益侵害は違法性が阻却される。そして、以上のように同意を法益処分として解する以上、法益主体が処分法益の内容を認識しており、かつ自由な意思決定の下になされていれば、同意は有効に成立し、目的の社会的相当性など処分法益に関係しない要素によっては同意は無効とならない。
ウ 本件では、Aは傷害結果を認識し、同意を強制されたわけでもないから、たとえそれが保険金詐取という違法な目的に基づくものであっても、Aの同意自体は有効である。しかし、かかる同意は保険金詐取に必要な程度の軽傷についてなされたものであって、右後頸部血管損傷という重傷や死亡結果については、侵害法益の程度・内容を全く異にすることから、これらの結果についてまで同意があったとは認められない。
エ よって、Aの同意により違法性は阻却されない。
(5) 故意
ア 甲はAに対し軽傷を負わせる意図しかなく、同意の範囲内の傷害結果しか認識・予見していなかったのであるから、錯誤により故意が阻却されないか。
イ 故意とは犯罪事実の認識であるところ、違法性阻却事由を基礎づける事実の存在を誤信している場合には、違法性を基礎づける事実の認識があるとはいえず、犯罪事実の認識を欠くから、故意が阻却される。
ウ よって、同意傷害罪の規定が無い以上、Aに同意があること、自己の行為が頸椎捻挫というAの同意の範囲にとどまるものであることを誤信していた甲は、錯誤により故意が阻却される。
エ 以上より、甲には傷害罪(204条)の故意が認められないから、傷害罪が成立せず、その結果的加重犯たる傷害致死罪も成立しない。
(6) 自動車運転過失致死罪の成否
ア もっとも、同意の範囲を超えた結果につき過失が認められれば過失犯として処罰すべきであり、自動車運転上の過失により死の結果を生じている本件では、自動車運転過失致死罪(211条2項)が成立しないか。
イ 過失とは故意と並ぶ責任要素であり、その本質は、精神を緊張させていれば結果を認識・予見しえたにもかかわらず、これを怠ったことに対する責任非難である。従って、過失とは、予見可能性を前提とした予見義務であると解される。そして、責任主義の観点から、予見可能性は抽象的なものでは足りず、特定の構成要件結果に対する具体的な予見可能性を要する。
ウ 本件では、前述のように市中心部の交差点であれば車通りも多く、赤信号で停車中の自動車に追突して交差点内に押し出せば、走行中の左右の自動車が衝突するであろうこと、走行中の車両に横から衝突されれば被害は甚大となることは経験則上明らかであり、同意の範囲を超える重傷が生じることは容易に予見できたといえる。
エ よって、甲には同意の範囲を超えた結果につき過失があり、前述のとおり死の結果に対しても因果関係が認められるから、甲には自動車運転過失致死罪が成立する。
2 乙に対する罪
(1) 甲は、Aに追突しAの自動車を交差点上に押し出したことにより、乙の自動車と衝突させ、乙に肋骨骨折等の傷害を負わせているから、乙に対する傷害罪(204条)が成立しないか。
(2) 「傷害」
 傷害罪における「傷害」とは身体の生理的機能の障害をいうところ、甲は、上記のように、乙に肋骨骨折という生理的機能の障害を負わせているから、甲は乙を「傷害」したといえる。
(3) 因果関係
 前述のように、かかる衝突事故による傷害結果は追突行為と因果関係が認められ、当該衝突事故により生じた傷害結果である以上、それが追突された自動車の運転者に生じたか衝突してきた自動車の運転者に生じたかで結論を異にする理由はないから、甲の追突行為と乙の傷害結果の間にも因果関係が認められる。
(4) 故意
ア 甲には、Aに傷害を負わせる意思はあったが、乙に傷害を負わせる意思はなかったのであるから、故意が認められないのではないか。
イ 故意とは構成要件該当事実の認識である。そして構成要件該当性は被侵害法益主体ごとに判断すべきであるから、たとえ条文上は「人」のように抽象的に定められているとしても、法益主体の個別性を無視して故意の有無を判断することはできない。
ウ よって、乙に対する傷害結果の認識が無い以上甲には乙に対する傷害の故意が認められず、傷害罪は成立しない。
(5) 自動車運転過失致傷罪の成否
ア もっとも、前述のように、甲の追突行為は衝突事故及びこれによって生じた傷害結果に因果関係があり、かかる結果について過失も認められる。
イ よって、甲には乙に対する自動車運転過失致傷罪が成立する。
第2 乙の罪責について
1 乙は前方不注意のまま自己の運転する自動車を交差点に進入させ、Aの自動車に衝突させているから、Aに対する自動車運転過失致死罪が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 乙は前方を注視しないまま、Aの車両が停車している交差点に自己の自動車を進入させ、Aの自動車と衝突させており、Aはこの時の傷害結果を悪化させて死亡しているから、「自動車の運転」により「人を死傷させた」といえる。
(2) そして、前方不注意で交差点に進入する行為は事故の危険の大きい行為であって、前述のようにその後のAの行為は因果関係を否定しないから、Aの死亡結果は乙の行為の危険が現実化したものとして、因果関係も認められる。
3 過失
(1) しかし、「必要な注意を怠」る行為すなわち過失が認められるためには、結果の具体的予見可能性を前提とした予見義務が必要であり、また、予見していたとしても結果回避が不可能であれば責任非難はできないから、結果回避可能性があったことも必要である。
(2) わずかな間に相当な距離を移動する自動車の運転においては、前方不注意により前方の自動車と衝突しかねないことは通常知られており、かつ交差点がその危険の特に高い場所であることは、自動車運転者にとって明らかである。
(3) よって、乙にはAの自動車との衝突につき過失が認められる。そして、時速50キロメートルであれば停止距離は20から30メートル程度であるから、かかる距離を切ってからAが飛び出したなどの事情のない本件では、結果回避可能性が認められ、乙には自動車運転過失致傷罪が成立する。

以上


刑法事例演習教材 刑法事例演習教材 第2版

2019年の卓上カレンダー

2018年は「卓上L・グッドルック・メモ」という商品を購入しましたが、2019年用は、オーソドックスに高橋の商品を購入しました。

高橋 2019年 カレンダー 卓上 B6 E154

高橋 2019年 カレンダー 卓上 B6 E154

前月・次月の小カレンダーのスペースが大きめで見やすく、全体に無駄がなくシンプルで見やすいのが気に入りました。日付の数字はもう少し大きくても良さそうですが、6週間表記にも対応しているので、視認性は非常に良好です。

グッドルック・メモに付いている和暦や昭和表記などは、便利といえば便利ですが、日々使う中で頭に入ってしまうので、卓上カレンダーを見ないと分からないということはなく、あまり参照することはありませんでした。なので必要なし。

手帳も高橋のフェルテ6に落ち着いているし、どうやら私には高橋の製品が向いているようです。

弁護士バッジホルダーが欲しい

弁護士バッジをどう扱うかは人によりますが、私の場合、普段はほとんど付けていません。

金ピカバッジを外で出しっぱなしにするのは恥ずかしいので、普段から付けておく人でも裏向きに付けておく人が多いですが、私の場合、何度かジャケットに付けっぱなしで家にバッジを忘れてしまうということがあったので、そもそもジャケットに付けておくのをやめました。

ただ、弁護士バッジは身分証として接見などでよく使いますし、そもそもバッジ又は弁護士会発行の身分証をすぐ提示できるようにしておく義務があるので、バッジ自体はバッグに入れて常に持ち歩きます(カードの身分証も持ち歩いてはいますが)。

最初にバッジをもらった時に入っていた桐箱をそのまま利用し、バッジを入れた箱を更にバッグに入れる形で持ち歩いているのですが、これだと、バッジを出し入れするのが少々面倒です。とは言え、小さなバッジを直にバッグに入れておくと、紛失してしまいそうで怖い感じがします。

なので、キーホルダーならぬバッジホルダーのようなものがあればいいなぁと思っています。バッグなどに簡単に着脱でき、スペースを取らず、見せたり隠したりが簡単にできるような方法が何かないかと、普段から考えています。たとえば、名刺入れに穴を開けてバッジを付けておくとか、懐中時計のように鎖でバッジとバッグを繋ぐとか、バッグに留めておけるジャストサイズの革の小物入れとか…。

ニッチすぎて市販には見当たらないので、自作しようか検討中です。

刑法事例演習教材06「カネ・カネ・キンコ」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

第1 乙の罪責について
1 アダルトビデオの万引き行為について
(1) 乙は、B店からアダルトビデオ3点を万引きしているから、窃盗罪(235条)が成立しないか。
(2) B店のアダルトビデオは「他人の財物」にあたり、乙はB店の意思に反してその占有を侵害しているから、「窃取」したと言える。
(3) また、毀棄罪と区別するため、窃盗罪には本権者を排除し物を経済的用法に従って利用処分するという不法領得の意思が必要と解されるところ、乙の行為は性的好奇心によるものであり、自己の物として視聴するために行なっているから、本権者たるB店を排除し利用する意思があったと認められ、不法領得の意思も認められる。
(4) 上記の事実につき、乙はその認識を欠くところがないから、故意も認められる
(5) よって、乙にはB店に対する窃盗罪が成立する。
2 スナックCに立ち入った行為について
(1) 乙は、強盗目的でスナックCに立ち入っているから、建造物侵入罪(130条)が成立しないか。
(2) 建造物侵入罪は、個人的法益に対する罪であり、当該建造物に誰を立ち入らせるかについて決定する管理権を保護していると解すべきであるから、「侵入」とは管理権者の意思に反する立入りのことであると解される。
(3) 本件では乙は強盗目的で立ち入っており、管理権者Dの意思に反するとも思える。しかし、スナックCは飲食店であり、普段から不特定の人間が出入りすることを前提としている場所であるから、開店中には異常な態様でない限り立入りを受け入れるのが通常である。
(4) 乙の立ち入りは、スナックCの開店時間中に通常の客と変わらない態様でなされているから、Dの意思に反するものとは認められず、従って建造物侵入罪は成立しない。
3 Dから35万円を奪取し、Dを姦淫した行為について
(1) 乙は、Dに対しエアーガンを突き付けて金35万円を手渡させた上、恐怖で放心状態のDを姦淫している。かかる行為は、「強盗が女子を強姦したものとして強盗強姦罪(241条)が成立しないか。
(2) 強盗罪の成否
ア 強盗(236条1項)の手段たる「暴行又は脅迫」とは、客観的に見て被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものでなければならないと解される。
イ 乙がDに突き付けたのはエアーガンであるが、外観上は本物の拳銃そっくりである。それを夜間の密室で目だし帽を被った男に突き付けられれば、それを本物と誤信し、生命の危険を感じて抵抗の意思を失うのが通常である。よって、乙のかかる行為は人の反抗を抑圧するに足る暴行・脅迫と言える。
ウ そして、かかる暴行・脅迫により実際にDは「抵抗の意思をなくしており、「カネ・カネ・キンコ」という乙の言葉に従って金35万円を乙に手渡しているから、乙の行為は暴行を用いて他人の財物を強取したものとして、強盗罪の構成要件に該当する。
エ 乙は上記行為につき認識を欠くところがなく、甲に脅されて行ったとは言え、後述のように甲に意思を抑圧されていたとまでは言えないから、故意及び責任能力が認められる。
オ よって、乙には強盗罪が成立する。
(3) 強姦罪の成否
ア 乙の前記暴行は、姦淫に向けられたものではないが、乙はDが恐怖心で放心状態、すなわち抗拒不能状態であることに乗じ、Dを姦淫しているから、準強姦罪(178条2項)が成立する。
イ そして、準強姦罪の犯人は強姦罪の犯人の例による。
(4) 強盗の機会
ア 強盗強姦罪は、強盗犯人によって強姦がなされることが刑事学上顕著な事実であるため特に重い刑罰を科したものであるから、強姦は強盗に続きその機会においてなされたものであることが必要がある。そうだとすると、強盗強姦罪における強姦とは、強盗に続けて行われるもの、すなわち先行する強盗と時間的・場所的に近接した段階における行為であると解すべきである。
イ 本件では、乙は強盗直後にその場でDを姦淫しており、時間的・場所的に接着し、逃走すらしていないから、強盗の機会に強姦したものと言える。
(5) 以上より、乙には強盗強姦罪が成立する。
4 Eに対してエアーガンを発射した行為について
(1) 乙は、Dに対する強盗強姦後、路上で追跡してきたEに対し、エアーガンを3発発射して3週間の打撲傷を負わせているから、強盗致傷罪(240条)が成立しないか問題となる。
(2) 構成要件該当性
ア この点、Eへの傷害は逃走のために行われたものであり、強盗行為自体によって生じたものではない。しかし、強盗致傷罪は前記強盗強姦罪同様、強盗犯人が傷害結果を発生させることが刑事学上顕著な事実であるため特に重い刑罰を科したものであるから、傷害結果は強盗の機会において生じたものを意味すると解される。そうだとすると、強盗致傷罪における傷害結果には、強盗行為自体だけでなく、これに続けて行われる行為、すなわち先行する強盗と時間的・場所的に近接した段階における行為によって生じたものも含むと解すべきである。
イ 本件では、強盗後間もなく、強盗現場から30メートルしか離れていない場所で、追跡を受けている時に生じさせた傷害であるから、強盗の機会になされたものであるといえ、甲の行為は強盗致傷罪の構成要件に該当する。
(3)  故意
ア 乙は、Eに対するエアーガンの発射という人の身体に向けた有形力行使を認識している。
イ かかる故意行為による傷害も強盗致傷罪に含まれるか問題となるが、強盗が故意をもって人を傷害することは刑事学上顕著であるし、故意の傷害を別罪とすると法定刑の不均衡が生じるから、240条は故意による傷害を含んでいると解すべきである。
(4) 強盗強姦との関係
ア 強盗強姦犯人による傷害結果は、別に強盗致傷罪を成立させるのか、両罪の関係が問題となる。
イ この点、241条が強盗強姦致傷について規定しておらず、強盗強姦罪の法定刑を強盗致傷罪よりも重くしていることから、241条は強盗強姦致傷を包含していると解される。しかし、強盗強姦致死について「よって女子を死亡させたとき」と規定していることから、同条が評価しているのは、強姦の被害者に対する傷害結果のみであると解される。
ウ よって、Eに対する傷害行為は、Dに対する強盗強姦罪で評価されているとは言えず、乙には別途Eに対する強盗致傷罪が成立する。
(5) 以上より、乙にはEに対する強盗致傷罪が成立する。
5 Eから財布を奪った行為について
(1) 乙は、エアーガンを受けて動けなくなっているEから財布を奪っているから、Eに対する強盗罪が成立しないか。
(2) 強盗罪は財産犯であるから、その手段たる暴行・脅迫も財物奪取に向けられていなければならないが、上記エアーガンの発射は、Dに対する強盗強姦罪による逮捕を免れるためになしたものであって、Eの財布奪取に向けられたものではない。
(3) しかし、自己に傷害を加えた犯人が、武器を持って睨みつけながら「文句はないな」などと申しつけてくれば、それ自体により犯行抑圧状態が維持・強化されると言えるから、かかる行為は財物奪取に向けた新たな脅迫と言える。
(4) なお、財布自体については捨てるつもりであったから、不法領得の意思が認められないとも思えるが、その場で中身だけを抜かずに逃走中の金銭の入れ物として利用していたことから、利用処分の意思も認められ、財布も含めた不法領得の意思が認められる。
(5) 以上より、乙にはEに対する財布及び現金2万円についての強盗罪が成立する。

第2 甲の罪責について
1 甲は乙に命令し、Dに対する強盗行為を行わせているから、甲には強盗罪が成立しないか。
(1) 間接正犯の成否
ア 正犯とは自ら構成要件的結果を惹起した者であると解されるところ、他人の行為を介していても、当該他人を道具として自らが直接に結果を惹起したのと同視できるような場合には、これを正犯(間接正犯)と解すべきである。
イ そして、自ら結果を惹起したといえるためには、介在する他人に規範意識が存在せず、あるいは強い支配により利用者の意思に反しえない状態にあることが必要である。
ウ 本件では、甲の脅しが乙の意思を抑圧し、甲が乙の行為を支配していたと言えるかが問題となる。
エ この点、甲は元暴力団員であり、小指の欠如や服装などの外見からもそれが容易に認識できた上、35歳と若く肉体も鍛え上げられていたし、乙に対しては、自分は多くの人を殺したとか、言うことを聞かなければ乙を殺すなどと話しており、乙は甲に対し強い恐怖感を抱いていた。
オ しかし、乙は14歳と是非弁別が十分可能であり、かつ通報などの適切な処理も期待できる年齢である。また、事態の打開を図るという積極的な意思で強盗を実行していること、スナックCに入りシャッターを下ろした後は甲の監視も届かず、容易に警察に通報できたことに鑑みれば、乙の意思が完全に抑圧されていたとは言えない。
カ よって、乙は反対動機を形成できる状態にあり、甲の意思に反しえないほどの支配を受けていたとまでは言えないから、間接正犯は成立しない。
(2) 共同正犯の成否
ア そこで、甲に乙との強盗の共同正犯(60条)は成立しないか。
イ 甲は強盗の実行行為を共同していないが、共犯の処罰根拠は他人の行為を介して法益侵害結果を惹起する点にあるから、結果に対する因果性を有していれば、必ずしも実行行為自体を共同する必要はない。
ウ そして、結果に対し強い因果性を及ぼしていれば共同正犯(共謀共同正犯)として処罰すべきであり、単に実行正犯に犯意を生ぜしめるにとどまる場合には教唆犯(61条1項)として処罰すれば足りる。
エ 本件では、甲は乙を脅迫して一方的に命令しているほか、エアーガンや目だし帽の用意、標的や犯行時間の決定、具体的な強取方法の指示を行うなど、実行行為に準ずる重要な役割を果たしているから、結果に対し強い因果性を及ぼしたものと認められる。
オ よって、甲には強盗罪の共同正犯が成立する。
2 強盗強姦罪の成否
(1) 乙がDを姦淫しているから、強盗強姦罪の共同正犯も成立しないか。
(2) この点、甲はスナックCで使った30万円を取り戻すために強盗を命じたのであって、金銭の強取以外は目的としていないし、甲乙間の共謀内容として口止めのための姦淫行為まで含まれていたと推認できる事情もないから、強姦については甲乙間の共謀の範囲外にある。よって、乙の強姦については共犯関係が認められず、甲に強盗強姦罪は成立しない。
3 強盗致傷罪の成否
(1) 甲は、Eの傷害結果についても罪責を負い、強盗致傷罪が成立しないか。
(2) 甲には強盗の意思しかなく、傷害結果については認識を欠いているが、強盗致傷罪は結果的加重犯であり、加重結果に対する認識までは必要としない。ただし、責任主義の観点から加重結果に対する過失すなわち予見可能性が必要であると解する。
(3) 本件では、強盗に慣れていない乙が抵抗や追跡を受け逃走のためにエアーガンを人に向けて発射することは容易に想像できるし、弾を込めて渡していたことから甲は現に発射を想定していたものと認められる。そして、エアーガンが人に怪我をさせる程度の威力を有していることは、一般的に知られていることである。
(4) よって、甲には追跡者Eに対する傷害の予見可能性があり、致傷結果についても罪責を負うから、強盗致傷罪が成立する。
4 乙がEから財布を奪った行為について
(1) 乙にはEに対する別個の強盗罪が成立しているが、これについて甲は罪責を負わないか。
(2) 甲はスナックCで使った30万円を取り戻すために乙に強盗を命じたのであるし、「女の店長しかいない夜10時以降に行くんだ」などと指示していることからも、甲乙間の共謀における財物奪取の対象は、Dに限定されていると認められる。
(3) よって、乙のEに対する強盗行為は甲乙間の共謀の範囲外であって、当該行為につき共犯関係は成立していないから、甲はEに対する強盗罪の罪責を負わない。
第3 共犯関係及び罪数
1 共犯とは他人の行為を利用して各自の犯罪を実現する犯罪類型であるから、共犯者間で罪名が一致する必要はない。
2 よって、乙には窃盗罪、建造物侵入罪の共同正犯、強盗強姦罪の共同正犯、強盗致傷罪の共同正犯、強盗罪が成立する。建造物侵入罪と強盗強姦罪は牽連犯(54条1項)となり、これらと他の罪は併合罪となる。
3 そして、甲には建造物侵入罪の共同正犯と強盗致傷罪の共同正犯が成立し、両者は併合罪となる。

以上


刑法事例演習教材 刑法事例演習教材 第2版

刑法事例演習教材05「ピカソ盗取計画」

受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問の回答例。

甲の罪責
第1 建造物侵入罪(刑法130条、以下同法名省略)
1 甲はA社敷地内に侵入しているから建造物侵入罪は成立しないか。以下検討する。
2 構成要件該当性
 建造物侵入罪は、個人的法益を保護法益としており、その内容は、住居権者が有する、誰を立ち入らせるかの自由であると考えられるから、「侵入」とは、管理権者の意思に反した立ち入りのことをいう。
 甲は、平成21年6月12日午前2時ころ、倉庫の塀を飛び越えて敷地内に立ち入っている。
 本件敷地は塀で囲まれ倉庫利用のために供されていることが外観上明らかであるから囲繞地である。囲繞地は建物それ自体ではないが、囲繞地に対してもA社の管理権は及んでいるから「建造物」にあたる。
 そして、部外者たる甲の立ち入りは、管理権者たるA社の意思に反するから、「侵入」に当たる。
 以上により、建造物侵入罪の構成要件に当たる。
3 故意
 故意とは犯罪事実の認識・予見をいう。甲はA社の敷地内であることを認識の上立ち入りをしているから故意が認められる。
4 結論
 したがって、甲には、建造物侵入罪が成立する。

第2 窃盗未遂罪(235条、243条)
1 実行の着手(43条)
(1) 「窃取」とは、占有者の意思に反し財物の占有を移転することをいう。甲は、倉庫の建物内に侵入してピカソの絵画を窃取するため、入り口のドアの鍵を持ってきたバールで壊そうとした。結果的に何も盗まなかったため窃盗未遂の成否が問題となるが、当該行為をもって実行の着手があるといえるか。
(2) 未遂犯(43条前段)を処罰する趣旨は、処罰が必要な程度に結果惹起の実質的危険性が切迫した点にある。
 したがって、実行の着手があるというためには、法益侵害の実質的危険性が発生していることが必要となる。
(3) 本件のバールで鍵を壊そうとした行為は、倉庫への侵入を試みた行為にすぎない。
 しかし、倉庫は財物を保管することを目的とした建造物であり、侵入を可能とした時点で盗取の危険は客観的に増大する。
 そうであれば、侵入行為の着手の時点で、財物窃取の危険性が現実的に生ずると考えられる。
 したがって、着手の時点で実質的危険性が発生したといえる。
(4) 以上により、甲の行為は窃盗未遂の構成要件に該当する。
2 故意
 甲は、窃盗する意図で鍵の破壊を試みており、故意が認められる。
3 結論
 したがって、甲には窃盗未遂罪が成立する。

第3 強盗致傷罪(240条)
1 窃盗に気づかれた甲はCに威嚇射撃をして逃げており、その結果Cにけがを負わせている。この場合、事後強盗罪(238条)の構成要件を充足するか。また、充足するとして、脅迫からの致傷の結果を甲に帰責できるか問題となる。まず事後強盗罪の構成要件該当性について検討する。
2 構成要件該当性
(1) 甲は、逮捕を逃れるため、約10メートルの距離に近づいていたCに対し「近づくと撃つぞ」と叫んで、空に向けて威嚇射撃をしている。
 甲は窃盗未遂犯であるが、事後強盗罪にいう「窃盗が」にあたるか。
 この点、条文上は「窃盗」とあるから、本来は既遂に至っていることが必要である。しかし、事後強盗罪は財産と身体生命のいずれも保護法益としているところ、窃盗未遂犯であっても、身体生命への構成要件的結果の危険を惹起しうる。その場合、保護法益の一つが未遂に終わったに過ぎないから、事後強盗未遂罪として処罰可能と考える。したがって、窃盗未遂犯でも「窃盗が」にあたる。
(2) 「暴行」とは、人の身体に対する有形力の行使をいう。甲の「近づくと撃つぞ」と叫んで、空に向けて威嚇射撃をした行為は、有形力の行使であるものの、Cの身体に向けられていないから暴行ではない。
 それでは「脅迫」といえるか。「脅迫」とは、一般人をして畏怖せしめるに足る害悪の告知をいう。空に向けて威嚇射撃をすることにより、実弾を装填しており、実際にCに向けて発砲することが可能であることを示したといえ、害悪の告知があったといえる。したがって脅迫にあたる。
(3) 事後強盗は、相手方の反抗抑圧状況を作出して財物の占有維持・逃亡・罪証隠滅を実現する犯罪類型であるから、相手方の犯行を抑圧する程度の脅迫でなければならない。
 本件では、発砲は空に向けられてはいるが、次はCへ向けて発砲することもあり得る旨を行為で示したものといえ、身体へ発砲されれば死の危険も生じうる。したがって、空への発砲は、Cの反抗を抑圧する程度の脅迫であるといえる。
(4) 以上により、甲の行為は事後強盗罪(238条)の構成要件に該当する。
3 事後強盗致傷罪
(1) 甲の脅迫に驚いたCが逃げる際に傷害の結果が生じている。脅迫から生じた傷害結果を甲に帰責することができるか。
(2) この点、236条1項及び238条は強盗の手段として「暴行又は脅迫」と規定しており、240条は、「強盗が、人を負傷させたとき」と規定し、傷害発生原因を暴行に限定していない。
 240条が236条1項及び238条の結果的加重犯であることからすれば、脅迫からの傷害も暴行からの傷害と同様、相当因果関係が認められ、責任主義の観点から結果発生につき過失(予見可能性)があれば、結果を帰責することができると考える。
(3) これを本件についてみると、驚いたCはあわてて身を隠した際に、腕を擦りむいている。脅迫であっても発砲行為は威嚇手段として強力であり、発砲を避ける過程で人の生理的機能を害するに至ることは十分ありうることであるから、相当因果関係が認められる。
 そして、甲は、空への発砲でもCが反抗を抑圧する程度に威嚇効果があることを認識したうえで発砲している。Cが怪我をする認識まで有していたかは不明であるが、窃盗犯が逃亡のため警備員に発砲することはあり得ないことではないし、乙は威嚇射撃まで行い実際に発砲行為に及んでいるから、Cがあわてて逃げようとすることは容易に予見でき、その際にけがをすることも予見できる。したがって、乙には少なくとも過失(予見可能性)が認められる。
4 故意
 甲は、Cからの逮捕から逃れるために威嚇射撃を行っており、発砲すればCの反抗を抑圧できると認識している。
 したがって、事後強盗罪の故意が認められる。致傷結果の過失(予見可能性)は上述のとおり認められる。
5 結論
 以上により、甲には強盗致傷罪が成立する。窃盗未遂罪は吸収される。

乙の罪責
第1 建造物侵入罪(130条)
 乙は甲と共に、A社の囲繞地たる倉庫敷地内に、管理権者たるA社の意思に反して立ち入りしているから、乙の行為は建造物侵入罪に該当する。また、A社の意に反した立ち入りの認識があるから故意が認められる。したがって、乙には、建造物侵入罪が成立する。
 乙は甲と計画し、共同してA社敷地内へ侵入しているから、甲と共同正犯の関係にある。
第2 窃盗罪未遂罪(235条、243条)
1 乙は、甲と共にA社倉庫のピカソの絵画を盗取することを計画し、甲が窃盗の実行に着手しているが、これを遂げなかった。
 乙は、倉庫の外に立って事務室の方から人が来ないか見張りをしていた。この場合、甲と乙はどのような共犯関係にあるか。
2 共犯関係
(1) 共犯の処罰根拠は、他人の行為を介して法益侵害結果を惹起する点にあるから、結果に対する因果性を有していれば、必ずしも実行行為自体を共同する必要は無いと考える。
(2) そして、実行行為に準ずる重要な役割を果たすことで結果に対し強い因果性を及ぼしていれば共同正犯(共謀共同正犯)が成立し、それには及ばない程度の因果的寄与しか有しない場合には、幇助犯が成立するにとどまると考える。
 結果に対する因果性の程度を検討するに当たっては、共犯者の主従関係、謀議・準備・実行段階における役割分担を考慮する。
(3) これを本件についてみると、乙は窃盗計画の首謀者ではなく、犯行準備の関与もない。実行段階についても、見張りと絵画の持ち出し及び積み込みを手伝うにすぎず、窃取行為を直接行う者ではない。
 しかし、甲と乙は昔からの知人であり対等な関係であると考えられる。また、謀議において甲から一方的に指示されたというような事情はない。そして、計画段階で30%の分け前をもらう約束は、実行犯と見張りという役割分担の危険の性質を考えると平等な分配額であること、などからすると、主従関係があるとまではいえない。
 乙の実行段階の分担内容については、数時間おきに警備が来るA社倉庫で窃盗を行うためには、警備員の動向を把握し窃取者に対して適切な指示を行う見張りが必要不可欠であり、結果発生に対して強い因果性を有する。
 また、絵画は大きさ・重量からして一人で運ぶことができず、その占有移転には、乙の手助けが不可欠である。そして、占有移転は占有侵害罪たる窃盗罪の重要な要素である。
 以上により、乙は実行行為に準ずる重要な役割を果たすことで結果に対し強い因果性を及ぼしているといえる。したがって、甲・乙は共同正犯関係にある。
3 故意
 そして窃盗の計画において重要な役割を担うことを理解して参加しているのであるから窃盗の正犯の故意があるといえる。
4 結論
 以上により、乙には窃盗未遂罪が成立し、甲と共同正犯の関係にある。
第3 強盗致傷罪
1 共謀の範囲
(1) 甲はCに脅迫を加えて逃げており、その結果Cは全治7日の擦過傷を負っている。甲と乙の謀議に事後強盗を実現する意図が含まれていなければ、乙に強盗致傷罪が成立しないため問題となる。
(2) この点、甲及び乙は空き家など不在宅に立ち入るのではなく、警備員による見回りがされているA社倉庫に盗みに入ろうとしており、窃盗行為中に発見される危険性は十分認識していると考えられる。
 そうすると、窃盗の計画の中には、発見された場合の対処方法として、暴行・脅迫の意図も含まれていたと考えられる。
(3) したがって、謀議には暴行・脅迫の認識も含まれていたと考える。
2 因果関係の錯誤
(1) 事後強盗の謀議があるとしても、乙は甲が拳銃を所持し使用することまで認識していなかった。この場合、侵害に至る経過に錯誤があるから故意を肯定できるか。
(2) 故意とは犯罪事実の認識・予見であり、因果関係は構成要件要素であるから因果関係の認識は必要である。
 しかし、現実の因果経過と行為者が予見した因果経過にずれがあるとしても、構成要件内のずれにすぎない場合には、当該構成要件が禁止する違法事実の認識に欠けるところはないから故意は阻却しないと考える。
(3) これを本件についてみると、確かに乙は、甲が拳銃を所持し発砲することまでは認識していなかった。
 しかし乙は、窃盗及びこれが発覚した場合の手段として暴行・脅迫を使用する認識は有していた。また、警備員の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫は相当強度な態様にならざるを得ないため、致傷結果も生じうることは予見可能であるから、致死結果に対する過失(予見可能性)もあったと言える。
(4) したがって、因果関係の錯誤として、故意は阻却しないと考える。
3 結論
 以上により、乙には、強盗致傷罪が成立する。事後強盗罪は強盗致傷罪に吸収される。

罪数
 以上まとめると、甲には建造物侵入罪と強盗致傷罪が成立し、牽連犯(54条1項後段)となる。乙にも建造物侵入罪と強盗致傷罪が成立し、牽連犯となる。甲と乙は建造物侵入罪と強盗致傷罪につき、共同正犯(60条)となる。

以上


刑法事例演習教材 刑法事例演習教材 第2版