司法試験の勉強:刑法は暗記が7割
何を暗記するのか
答案の基本的な流れ(アウトライン)は、以下のとおりです。
- 罪名(条文)の特定
- 構成要件該当性(因果関係含む)
- 故意・過失
- 違法性・責任阻却事由
- 共犯論
- 罪数
罪名の特定と罪数以外は、基本的に全て「規範→あてはめ」の論証パターン吐き出しだけでOKです。したがって、この論パを準備して暗記することになります。
以前書いた論証パターンのような定義・規範を挙げては、設問に即してあてはめる。これをひたすら繰り返すだけです。「その場で考える」のは、事実の当てはめだけで十分です。
刑法の論点はほぼ出尽くしているので、準備した暗記で対応できないということはまずないでしょう。それに、暗記を吐き出すくらいのつもりでいないと、メリハリを付けた記述をするのは、刑法では必要な記述量的に無理があります。
残りの3割は何か
7割は暗記で、残りの3割は何かというと、2割が構成、1割があてはめです。
構成
答案の基本的な流れは上で書いたとおりですが、複数の行為や行為者が絡み合っている場合は、どういう順番で書くのが書きやすいか(=理解させやすいか)をよく考える必要があります。また、論パで十分だからこそ、どこを厚く書き、どこをより省力化するかでメリハリを付けることが、得点に繋がっていきます。
論パの前提である答案構成を早く正確に行うことが、重要となります。
重要だし、練習しなければ身に付かないものでもありますが、構成もある程度パターンがあり、原則(行為者別に書く、行為ごとに書くなど)を押さえれば応用は簡単なので、割合としてはせいぜい2割です。
あてはめ
刑法では、そこまであてはめに悩むことはないと思います。とはいえ、事実の評価と当てはめが難しい問題もないわけではありません。
あてはめは、常識で考えればできるものですが、時間のない試験中では、時に重要な設定事実自体を見落としたり、反対事実を敢えて無視してしまうことがあります。
問題文には、あからさまに「これを使え」という事実が記述されているので、その見落とし・無視は絶対に不可です。事実はしっかりマーキングし、自分の論証に不利でも必ず評価して使う必要があります。
あてはめ自体は配点的にも重要ではありますが、実際の作業としては、準備も練習もそこまでたくさんする必要がなく、ただ丁寧にこなせば良いだけなので、勉強における割合としては、1割程度にとどまります。
刑法事例演習教材01「ボンネット上の酔っぱらい」
受験生時代に作成した、刑法事例演習教材(初版)設問01の回答例。
Aに対する罪責
第1 Aの顔面を殴打した行為について
1 甲は、Aの顔面を手拳で軽く1回殴打しているから、暴行罪(刑法208条、以下条文のみ示す)の罪責を負わないか。
2 構成要件該当性
「暴行」とは、人の身体に対する有形力の行使をいう。Aの顔面を手拳で軽く1回殴打する行為は、人の身体に対する有形力の行使にあたる。よって、「暴行」に該当する。
3 故意
故意とは、犯罪事実の認識・予見のことをいう。甲には殴打の認識もあるから暴行の故意も認められる。
4 正当防衛(36条1項)
(1) 正当防衛は違法性阻却事由であり、その根拠は、防衛行為者に、不正な侵害者との関係で回避・退去義務が無い点にある。
甲はAを殴打する前に、Aから胸ぐらを掴まれそうとなっているから、正当防衛が成立しないか。
(2) 急迫不正の侵害
ア 甲は、Aが甲の車の窓から手を入れてきて、胸ぐらを捕まれそうになった。しかしこれは、甲の侮辱発言を発端としており、自ら招いた侵害のように思える。
自招侵害は、自己が挑発的言動を控えれば侵害を回避できたのであるから、それが正当な活動と評価されない限り、侵害を回避すべき義務がある。にもかかわらず、回避せずに生じた侵害は、回避すべき侵害が現実化しているにすぎないから、急迫不正の侵害とはいえないと考える。
イ これを本件についてみると、甲はAに侮辱発言をしたものの、その発言は、Aの道路に寝転ぶ行為に対して向けられている。Aの行為は道路交通法上違法で、危険かつ異質な行動であり、甲は回避することができなかった。そうすると、甲の挑発的発言は、正当な活動であるといえる。
ウ したがって、侵害を回避すべき自招な侵害であるとはいえず、急迫不正の侵害は認められる。
(3) 防衛するため
甲はAからの暴行を避け、隙をみて逃げるために殴打したのであるから、防衛のためにする行為である。
なお、客観的な正当防衛状況が違法性阻却を基礎付けるから防衛の意思は要件として不要である。
(4) やむを得ずにした行為
やむを得ずにした行為というためには、防衛の手段として必要かつ相当でなければならない。なぜなら、正対不正の関係であるから補充性までは不要であるが、過剰防衛(38条2項)にあたらない程度の手段でなければならないからである。
そして相当性とは、結果の衡量ではなく、侵害行為と防衛行為の危険性を衡量して判断する。
これを本件についてみると、胸ぐらをつかもうとした相手の顔面を素手で軽く一回殴打する行為は、車内に侵入してくる手を排除するための対抗行為であり、必要な行為である。
そして、お互いが素手同士あること、車内から座った状態での殴打であること、絡んでくる酔っ払いを払いのける対抗手段であったことなど考えると、防衛手段として相当である。
(5) 以上により正当防衛の要件を全てみたす。
5 結論
正当防衛の成立により違法性が阻却される。したがって甲に暴行罪は成立しない。
第2 Aを車のボンネットから振り落とした行為について
1 甲は、Aを車のボンネットから振り落としているから、殺人未遂罪(199条、203条)が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 甲は、Aをボンネットに乗せたまま車を発車させ、時速70キロメートルで国道上を疾走しつつ、急ブレーキを何度もかけたり蛇行運転をするなどしながら約2.5キロメートルにわたって同乗を運転して走行し、午前0時35分ころ、路上において急ブレーキをかけて同車のボンネット上からAを振り落して転落させ、Aに頭部外傷等の加療約2週間を要する傷害を負わせている。
(2) 上記行為は傷害罪(204条)の構成要件に該当するが、Aをボンネットに乗せたまま、高速で蛇行運転をして振り落とす行為は、死の結果を惹起しうる危険性を有する。
この場合、甲に殺人罪(199条、203条)の未必の故意が認められるのであれば、殺人未遂罪と評価できる。そこで、殺人罪の未必の故意が認められるのか。
2 故意
(1) 未必の故意とは、行為者が、犯罪事実の発生を確定的なものとしては認識していないが、その発生がありえないわけではないものと認識している心理状態をいう。
故意は、違法な構成要件から生ずる結果発生の認識・予見がありながら、当該結果を生じさせないような行為に至る動機としなかった場合に認められるところ、確定的な認識がなくとも違法性は十分認識できることからすれば、そのような動機はもちうるため、未必の故意も故意と考えることができる。
(2)ア これを本件についてみると、甲はAをボンネット上から振り落とそうと考え、時速70キロメートルものスピードで走りつつ、急ブレーキの使用と蛇行運転を約2.5キロメートルの間繰り返している。
イ 車にしがみついた状態で振り落されれば受け身も取れず、ましてや70キロメートルもの高速では路上に叩きつけられるに等しい。しかも国道1号であればアスファルト舗装されているから、その衝撃は相当なものである。当たり所に関わらず、死の危険性が極めて高い行為である。
ウ 甲はこのような危険性の高い行為を行うことを認識しており、死の結果に対する確定的な認識なないとしても死の結果の発生がありえないではないとの認識はあったと考えられる。
(3) 以上により、殺人の未必の故意が認められる。
3 正当防衛
(1) 甲が車でAを振り落す前に、Aが車のボンネットに乗ってきているから、正当防衛が成立しないか。
(2) 急迫不正の侵害
甲の適法な有形力の行使を逆恨みして甲を追いかけ、車の前に立ちはだかり、ボンネットの上に乗るというAの行為は、不法な有形力の行使であり、急迫不正の侵害である。
(3) 防衛するため
甲はAから逃げようとして車を走らせているから、防衛に向けられた行為である。
(4) やむを得ずにした行為
ア やむを得ずにした行為であるというためには、防衛の手段として必要かつ相当でなければならない。
イ Aから逃れるために車を走らせることは必要な甲であるといえる。
ウ それでは相当な行為であるといえるか。相当性は、防衛行為として相当な行為か否かを問題とするから、結果の衡量ではなく、侵害行為と防衛行為の危険性を衡量して判断する。
なぜなら、正当防衛は不正に対する正当な権利行為であることからすれば、行為者に求められるのは、具体的状況下で必要最小限度の行為選択をすることにとどまるからである。
これを本件について考えると、車内にいる状態でボンネット上のAから逃れるためには車を動かす以外に方法はないと考えられる。
しかし、少なくとも車内にいる限り甲に切迫した生命の危険はなく、自動車を棄損される危険性があるにすぎない。にもかかわらず、約70キロメートルの速度で疾走し、急ブレーキや蛇行運転を繰り返すなど、死の結果を惹起しうる危険性の高い行為をすることは、財物を防衛する手段としては過剰であり、相当な限度を超えている。
そして、例えば人通りの多い場所まで低速で移動しそこで助けを求めるなど、Aに過度の危険を生じさせない他の手段は容易に認められる。
(5) したがって、甲の行為は防衛の程度を超えた行為であるから、正当防衛は認められず、過剰防衛が成立する(36条2項)。
4 結論
甲には殺人未遂罪の過剰防衛が成立する。
Bに対する罪責
第1 傷害罪(204条)
1 甲が車を進行させたことによりBは打撲傷を負っているため傷害罪が成立しないか。
2 構成要件該当性
(1) 「傷害」とは、不法な有形力の行使等により人の生理的機能に不良な変更を加えることをいう。甲は、Bの体から約1メートル離れた地点に車を進行させたところ、Bがあわてて身を避けようとして転倒し、全治1週間の打撲傷を負っている。
(2) Bの身体のすぐ側を走行させる行為は、それ自体傷害の危険性を有している。物理的接触の有無に関わらず、有形力の行使にあたる。
(3) 車が向かってくれば接触するかもしれないとあわてて身を避けようとすることはあり得ることであり、相当因果関係も認められる。
(4) 以上により、甲の行為は傷害罪(204条)の構成要件に該当する。
2 故意
(1) 甲は、Bの体のすぐ側を走行させようと認識していたのであるから、暴行の故意が認められる。
(2) 傷害は暴行の故意があればよいが、責任主義の観点から加重結果の過失(予見可能性)が必要となる。Bが、向かってくる車をあわてて避けようとして怪我をすることは、自動車を運転する甲にとって経験則上明らかであるから、結果発生を予見することができた。
(3) したがって、甲に故意が認められる。
3 正当防衛(36条1項)
(1) 甲が車を進行させる前に、BはAと共に進路妨害等をしているから正当防衛が成立しないか。
(2) 急迫不正の侵害
BはAと共に進路を防ぎAがボンネットに乗るなど、甲に対して不法な有形力を行使してきており、急迫不正の侵害があるといえる。
(3) 防衛するため
甲は逃げようとして車を発進させており、防衛のためにした行為であるといえる。
(4) やむを得ずにした行為
やむを得ずにした行為であるというためには防衛行為としての必要性、相当性が必要であるところ、上述のとおり車を動かす行為は必要である。そして、Bは傷害を負ったもの、甲はBと物理的接触なく車を動かしていることから、防衛手段として過剰とまではいえない。したがって、相当性も認められる。
(5) 以上により、正当防衛が成立する。
4 結論
正当防衛の成立により違法性が阻却される。したがって甲に傷害罪は成立しない。
罪数
以上まとめると、甲にはAに対する殺人未遂罪(199条、203条)が成立し、過剰防衛(36条2項)により任意的に減免される。
自力で借金の時効を主張する3ステップ
明らかに消滅時効が完成している借金の請求について、時効援用(内容証明の作成・送付)だけ依頼されることも時々あります。
手間もリスクも小さいので、依頼されれば喜んで引き受けますが、やろうと思えば自分でも簡単にできることなので、ざっくりと時効援用の手引きを書いてみます。
ステップ1:最後の返済期日を確認する
請求書や「最終通告書」「法的手続予告通知書」なんかが届いたら、最後の返済期日を確認します。書いていなければ、若干不正確になりますが、最後に取引した日でもいいです。
その日の翌日から数えて、5年以上経っていたら、時効期間が経過している可能性があります。
時効が中断(リセット)されている場合もありますが、裁判や支払督促をされたことがなければ、問題ない場合がほとんどです。
ステップ2:文面を用意する
時効は、援用(主張)して初めて債務消滅の効果が発生します。なので、証拠の残る内容証明郵便で時効を援用します。
この時の文面に必須の要素は、以下の3点です。
- 債務の特定(債権者、債務者、契約番号等で特定)
- 時効完成の事実(最終返済期日から5年以上経過したこと)の指摘
- 時効を援用する旨の主張
例文は、以下のとおり。
○○県○○市○○丁目○○番○○号 ○○ビル
○○債権回収株式会社 御中
△△県△△市☓☓丁目△△番△△号
通知人 △△△△
前略
私は、貴社に対し、以下のとおり通知します。
貴社が私に対して主張する下記金銭消費貸借契約に基づく債務は、最終弁済期日である平成○年○月○日の翌日から5年以上が経過しております。
そこで、私は、貴社に対し、上記債務について消滅時効を援用します。
なお、時効をお認めになる場合には、貴社保管の契約書等を速やかに廃棄処分していただきますようお願いします。
ステップ3:郵便局に行く
あとは、内容証明郵便として送付するだけです。
内容証明郵便は、利用条件やコピー2部の用意など、出すのがちょっと面倒です。とは言え郵便局が扱う手紙の一種でしかないので、とりあえず郵便局の窓口に行って相談してしまいましょう。
「これ内容証明郵便で出したいんですけど」と言えば、郵便局の人が教えてくれるはずです。
番外編:注意が必要な場合
借りた先が信用金庫の場合
信用金庫は、建前上は業として金貸しをしているわけではないので、時効が10年です。
保証契約に基づいて代位弁済されていた場合
ローンを組む時などは、債権者の系列会社が保証機関となることがありますが、この場合、時効の起算点は代位弁済された日になります。
*1:その他、旧住所、債権譲渡された債権なら原債権者(元々の債権者)など、特定に必要な情報
「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」(第2話まで)の感想
NHKで、スクールローヤーをテーマにしたドラマが放映されているので、視聴しています。
第2話までだと、主人公が学校のトラブルを一つも解決できていないので、ちょっと残念でした。元々、主人公は「法廷に立ったことのない新人弁護士」という設定なので、自然といえば自然なのかもしれませんが。ただ、これだと、スクールローヤーという存在が、ただの屁理屈屋にしか見えないので、スクールローヤーを認知させるという意味ではどうなのかな、と思います。
主人公について
主人公の田口弁護士は、大きめの法律事務所でノキ弁をしている新人弁護士です。ノキ弁というのは、どこかの事務所で間借りさせてもらって自分で仕事を受任する弁護士です。一口にノキ弁と言っても、完全に間借りだけの場合から、そこの設備や事務員を借りられる場合、教育をしてもらえる場合、仕事も割り振ってくれる場合と色々です。もちろん、ノキ弁でいるために事務所に納める金額(の決め方)も色々です。
田口弁護士が、ボス弁に対して勤務弁護士(イソ弁)にしてほしいと言っていること、そこまでボス弁を敬愛している感じではないことからすると、独立もできず就活にも失敗したパターンではないかと思われます。作中の人物像としても、田口弁護士の言動には、あまり自信が見えません。超優秀というほどではなく、本人もそれを自覚している人間なのでしょう。
そんな田口弁護士、年収280万円より低いそうです。
それなのにスクールローヤーなんてやらされているのは、正直可哀想だと思いました。週に2日もまるまる潰されるとなると、ただでさえ少ない年収が更に落ちてしまうこと確実でしょう。ノキ弁なので業務命令というわけではないのでしょうが、「貧乏クジを引かされた」と言っているので、半強制ではないかと思います。そうなると本当に可哀想です。
スクールローヤー以外の仕事について
現在のところ、田口弁護士がスクールローヤー以外の仕事をしている場面はありません。「法廷に立ったことがない」ことと国選事件のクジで外れを引いていることから、刑事事件で食べているわけで
弁護士としては、スクールローヤー以外の仕事がどうなっているのかが気になってしまいます。
ちなみに、田舎だと、国選事件は名簿に登録するだけでどんどん割り振られます。わざわざ事件を取りに行ってクジ引いて当たれば受任、というのは大都市だけです。
スクールローヤーとしての仕事について
スクールローヤーの仕事はよく知りませんが、一般的なクレーム対応として考えると、田口弁護士の対応はあまり良くない気がします。
田口弁護士は、登場と同時に相手を言い負かそうとしていますが、まずは、相手の話をよく聞き、本当にこちらに落ち度がないのかをよくよく確かめる必要があります。万が一こちらに落ち度があるにも関わらず口八丁で言いくるめてしまったら、後々懲戒請求なんて可能性も考えられます。それに、弁護士が出てしっかり話を聞くだけで解決する場合もあるので、最初から論戦に入るのは、かえって労力の無駄です。
そもそも、弁護士によるクレーム対応の重要な目的の一つは、「対応を弁護士に一本化することで業務を阻害せずに済む」ところにあると思います。どうあれ他の教員に対応の手間を取らせてしまうようでは、対応としては失敗でしょう。極端な話、最終解決に至らなくても、相手が弁護士に主張をぶつけ続けてさえいれば、対応としては成功と言えるのではないでしょうか。
今後に期待
今後は、田口弁護士が成長し、もう少しビシッと問題を解決できるようになってくれたらな、と思います。
『お母さんのせいきゅう書』
ある朝、たかしがお母さんに1枚の紙切れを渡しました。それは、せいきゅう書でした。たかしは、「お使い代」「お掃除代」「お留守番代」として、500円を請求したのです。
お昼どき、お母さんは500円と一緒に小さな紙切れを渡しました。お母さんからの請求書でした。
「3,778,200円(平成29年賃セ女性全年齢)÷365日×362日(たかしがお手伝いをしなかった日数)=3,747,146円」
それを目にした、たかしの目には涙があふれました…。
道徳の教科化に関する番組の話題で、まず思い浮かんだのが主婦休損でした。
弁護士的には、家事を賃金センサスで金銭評価するのは、当然というか条件反射に近いことなので、こういうしょうもないことを考えてしまいます。
それはそれとして、上記番組で教師がした質問「お母さんは、どんな気持ちでたかしに請求書を渡した?」に対する答えですが、個人的には、少数派の子供の方が合理的な思考だと思います。
もしも本当にこの母親の愛が「無償の愛」なら、たかしに「自分は『無償の愛』を与えている」と伝える必要もないはずです。見返りを求めないのが「無償の愛」なのだから、たかしが母親の存在をどう思おうと気にしてはいけません。たかしが自分の愛に気付き、感謝することを求めてはいけないはずなのです。
にもかかわらず、敢えて「0円」で請求書を渡すという行為は、どう考えてもたかしの行為に対する皮肉です。「お前が金銭を求める行為を私は無償でやっている」「私の愛に気付け」「私の存在に感謝しろ」と暗に言っているに等しい行為です。少数派の子供の「子供っていいな。私も子供がいいな。」は、たかしの行為を皮肉っているという意味で、的を射ています。
私がこの先生の質問に答えるとしたら、このような皮肉を教育的な行為として考え、「たかしが感謝を忘れていることに悲しんでいる」「自己中心的なたかしを穏やかに叱っている」と答えるかな、と思います。
そもそも、文脈から登場人物の心情を読み解くのは、道徳ではなく国語の問題なので、この教師の質問はそれ自体悪問と言わざるを得ないのですが…。
被告人質問の事前練習
TOKIOの山口達也氏が、女子高生に対する強制わいせつで送検され、話題になっています。
26日の謝罪会見を見て(聞いて)、色々な人が色々なことを感じたと思いますが、私が感じたのは、「自分が依頼を受ける被告人と比べたら、大分マシだなぁ」でした。
刑事裁判では、弁護人と検察官から被告人に質問し、答えてもらう被告人質問という手続があります。自白事件における弁護人からの質問では、事実を認めた上で、反省の程度を示すための質問をしていくことになります。
公判期日の前には、この被告人質問の練習をしておきます。裁判でいきなりあれこれ聞いても、まともに答えられないからです。そして、ほとんどの場合、最初の練習では全く反省の色がうかがえない答えが返ってきます。一例としては、以下のようなやり取りが挙げられます。
被告人「お金が欲しくて…」
弁護人「お金は誰でも欲しいけど、大多数の人は、お金が欲しいからって盗みはしないですよね」
被告人「……まぁ、そうですかね」
弁護人「なら、どうしてあなたは盗んでしまったんでしょうか」
被告人「……?」
このやり取りでは、最初の問答の時点で、被告人が表面的にしか反省していないことが分かります。ここで欲しいのは、自分の内面的な問題点(軽く考えていた、短絡的だった、我慢が足りなかった、被害者の気持ちを考えていなかった、自分勝手だった等々)を挙げる回答です。
内面の問題を答えさせたいならそういう風に質問しろよ、と言われそうですが、私の場合、敢えてこのやり取りをすることで、「自分がいかに表面的な反省しかできていないか」ということを被告人に自覚してもらうことを意図しています。実際、しっかりと反省している被告人からは、最初の質問の時点で内面に踏み込んだ回答を得られますし、そこまで行かなくても、反省する意識が強ければ、最後の質問で内面の問題に踏み込んできます。
これ以外にも、「ああ、こいつは自分のしたことについて深く考えてないな」と思わざるを得ない問答が色々あります。事前練習でそれらを洗い出し、質問を工夫し、本番では反省を示せるようにするのが、自白事件における一つの定型作業です。
被告人に「反省を促す」ことが弁護人の本来的役割かどうかは分かりませんが、少なくとも、それが弁護人の業務遂行に不可欠な作業であることは間違いないと思います。
一番楽な案件
弁護士が受ける仕事の中で、一番楽な仕事は何かと言えば、やはり時効完成債務の処理だと思います。
時効債務処理のどこが楽か
時効債務の処理の何がそんなに良いかと言うと、労力が小さい、リスクが小さい、報酬もそこそこ高いの三拍子が揃っているところです。
労力が小さい
時効債務の処理は、以下の2ステップでほぼ終了です。どちらも、本来誰にでもできることです。
- 取引履歴を取得する
- 時効援用の内容証明郵便を送る
内容証明郵便の文面も、基本的な部分は全て使い回せるので、事案固有の要素を検討する必要がほぼありません。
リスクが小さい
時効債務の処理で問題になるのは、時効中断事由があるかないか、ただそれだけです。
時効中断事由がなければそのまま処理できますし、時効中断事由があったとしても、それは弁護士が関与する以前の問題なので、言ってしまえば依頼者自身の責任です。時効援用したら中断事由がありました、じゃあ任意整理に移行しましょうとなるだけで、時効援用の主張自体が不利益になることはありません。
弁護過誤のおそれがないということは、それだけで精神的に非常に楽です。
時効債務の処理だけで食っていけるか
結論から言えば可能でしょう。この世からサラ金が消えることはないでしょうし、時効にかかる債務も次々と生まれていくはずなので、おそらく時効完成債務の処理という業務が消えることはないでしょう。
したがって、時効債務の処理を専門にしてやっていくことは可能だと思いますし、実際そうやって稼いでいる事務所はたくさんあるようです。ただ、そういう経営が楽かというと、そうでもないと思います。コスパが良いとは言え個々の案件は金額が小さかったりするので、しっかり稼ぐためには数を多く処理する必要があります。
時効債務の処理は、そういった大量処理も可能な類型ですが、そうは言っても、それだけの依頼者を確保するのは大変だと思います。
個々の案件が楽だからといって、それだけで食っていくのが楽とは限らないということです。