日々起案

田舎で働く弁護士が、考えたことや気になったことを書いています。

労組と非弁

この記事を見ていて思い出したのですが、『ガイアの夜明け』という番組で、外国人実習生の賃金未払い問題を取り上げた回があります。

そこで紹介された事例では、「岐阜一般労働組合の甄凱(けんかい)さん」なる人物が、中国人実習生5人を労組に入れることで、自ら実習生らの雇用主と交渉し解決金を獲得する、ということをしていました。しかし、この労組が解決金を獲得した場合、「カンパ」の名目で解決金の2割を持っていかれるとのことでした。

労働紛争が起こってから形だけ労組に加入させ、解決金の2割もの金額の「カンパ」を事実上強制するのは、正直ただの非弁行為にしか見えませんでした。

この「解決金の2割」というのは、結構な額です。たとえば、上記実習生の場合、1人あたり620万円程度の未払賃金があったということなので、全額回収したら124万円を「カンパ」することになります。(旧)弁護士報酬基準によれば、着手金40万円*1+報酬金80万円*2=120万円*3となる案件なので、トータルで言えば弁護士に依頼するより高くついています。

中国人実習生が弁護士に頼まなかったのは、おそらく、①着手金(あるいはそれ以前の相談料)が払えないことと、②言葉の壁があることが理由だと思います。②は外国人実習生に特有の問題なので置いておくとして、問題は①の方でしょう。

上記労組と同じように、着手金ゼロで報酬を高めに設定すれば、宣伝次第で残業代請求の仕事を集めることは可能なのではないかと思います。たとえ過払い金バブルのようなおいしい仕事ではないとしても、非弁紛いの方法が横行している分野なのであれば、弁護士は積極的に開拓していくべきだと思います。

*1:9万円+620万円×5%

*2:18万円+620万円×10%

*3:これは訴訟基準なので、裁判外の示談交渉のみなら、ここから更に一定程度安く設定される場合が多いと思われます。

赤本青本緑本

交通事故案件では、弁護士が必ずと言って良いほど参照する資料があります。「赤い本」「青本」「別冊判タ38」の3冊です。

簡単に言うと、それぞれ、損害賠償額算定の基準、その詳細や例外の解説、過失割合の基準をまとめたものです。

赤い本

  • 正式名称『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』
  • 毎年改訂版を発行
  • 通称「赤い本」「赤本」(「い」を入れるのが公式らしい)

東京地裁の実務に基いて、交通事故の賠償額算定基準がまとめられたものです。上下巻セットで、上巻は賠償額算定基準、下巻は講演録となっています。上巻は最新のものだけあれば良いのですが、下巻はそうもいかず、それでいて古い赤い本は入手困難なため、昔の下巻はレアだったりします。

元々は関東限定の基準だったようですが、現在は全国で使われています。赤い本(の上巻)を読めば、交通事故の損害賠償額の算定方法は大体書いてあるので、実務上悩んだら必ず最初にこれを読みます。

なお、一般の書店では売っていません。「実務用の専門書はまともに売れない」のが理由なのでしょうが、「算定基準が一般に知られては弁護士と保険会社が困る」という理由もあるのでは…と勘ぐってしまいます。

青本

  • 正式名称『交通事故損害額算定基準』
  • 各年で改訂版を発行
  • 通称「青本」「青い本」(こちらは逆に、「い」を入れないのが公式らしい)

内容的には、赤い本とほぼ同じです。元々は、赤い本が関東版、青本が全国版として区別していたところ、赤い本が全国で使われるようになったので、青本は解説を充実させることで赤い本との差別化を図るようになったそうです。

こちらも一般の書店では売っていません。

別冊判タ38

  • 正式名称『別冊 判例タイムズ38号(民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準全訂5版)』
  • 通称「緑の本」「緑本」(そんな通称使わない!という先生もいらっしゃるが、私は使う)

交通事故の態様ごとに、過失割合を分かりやすくまとめたものです。交渉や訴訟でも、普通に「別冊判タ38☓☓ページの図」などと参照されて、基準にされます。

ズバリの事故態様が載っていなくても、基本類型と過失割合増減に関する考え方が説明されているので、ざっくりとした過失割合は導けます。

これは普通にAmazonでも売っています。法律家以外の方も、一度読んでみると面白いんじゃないかと思います。実際には2:8くらいなのに、「自分は過失ゼロ!」と主張する依頼者も結構いらっしゃるので。

司法修習の準備

合格発表直後

9月12日に2017年司法試験の合格発表が行われました。自分の時を思い出してみると、合格発表後の数日はかなり忙しかったように思います。

  1. 最高裁判所に行って司法修習申請書類を受領
  2. 法務局へ行って登記されていないことの証明書を取得
  3. 市役所へ行って戸籍抄本を取得
  4. 病院で健康診断を受ける
  5. 写真屋で証明写真の撮影
  6. 大学・大学院へ行って成績証明書等を取得

このくらいのことを、合格発表後1週間くらいでやっていました。

その後、合格発表から10日から2週間ほどで成績通知が届き、1か月半くらいで修習地の決定通知とともに大量の白表紙(司法研修所で使うテキスト類)が届きます。

司法修習の申請手続後、修習地が決定するまでの間は、完全に暇です。それまでの生活の整理(参考書類の処分など)や修習生活の準備、人によっては就活を始める人もいるかもしれませんが、「やらなければならないこと」は何一つなくなります。長期旅行など、暇がなければできないことは、この時期にできるだけやっておいた方が良いと思います。1か月以上も一切何も気にせず自由に時間を使えるのは、ここが最後の機会と言っても過言ではありません。

修習地決定後

住居探し

修習地が決定した後は、修習地で生活するための住居を探しました。私の場合、地元から遠い土地だったので、ネットで部屋を探し、自費で現地に行って内見・契約するなどの作業が必要となり、かなり大変でした。

司法修習生は、1月からという半端な時期、1年未満という半端な契約期間になってしまうので、普通のアパートなどを探すのは割と大変です。割高を承知でマンスリーマンションなどを借りる人も結構います。ただ、逆に修習生御用達の物件のようなものがあったりもするようです。

この時、電化製品や家具類をどうするかということも考えなければなりません。実務修習の開始・終了段階で全部持って引っ越すというなら問題ありませんが、荷物の移動を少なくしたいのであれば、レンタルという方法もあります。私は、冷蔵庫・洗濯機・電子レンジなどの大きめの家電は、レンタルで済ませました。

その他の購入品

修習に必要な物は色々ありますが、優先度の高いもので言うと、以下のような物でしょうか。

ノートパソコン
ノートパソコンは、起案のために必須です。加えて、(有料の)セキュリティソフトを入れる必要があります。あれば便利な周辺機器としては、コンパクトなプリンタやスキャナなどがあります。
スーツ、革靴等
とりあえず安物で構いませんが、3着程度はあると良いです。
スマートフォン
今や、集団での連絡手段はLINEです。ガラケーの方は、今のうちにスマートフォンに買い替えましょう。幸い、現在はMVNOによる格安SIMと格安スマホがあるので、費用負担はそこまで大きくありません。

事前課題

修習が始まる前に、事前課題というものが出されます。修習中の成績に影響するわけでもないので、そこまで気にするほどのものではありませんが、真面目にやろうと思うと結構面倒臭いです。

その他

予備校主催の合格祝賀会などでは、合格者同士で事前に顔を合わせたりするようです。同じ修習地の人と仲良くなっておきたい人は、参加しても良いかもしれません。

他にも、やれることは色々とあるでしょう。法律事務所への就職活動なども、この時期から説明会などが始まってくるので、アンテナを張っておくと良いかもしれません。

ただ、あまり気を張る必要もありません。修習は、「やってみれば何とかなる」の連続ですし、就職活動も、氷河期が終わって「何とかなる」感じになってきています。裁判官や検察官を目指している方は成績も気にする必要がありますが、そうでなければ、とにかく1年間の修習を楽しむことだけ考えておけば良いと思います。

予備試験ルートの合格率

9月12日に、平成29年司法試験結果が出ました。

統計によると、予備試験ルートでの受験生は、合格率が72.5%と抜きん出て高く、これをどう見るかということが問題にされることもあります。

しかし、これは若干数字のマジックなところがあります。確かに、予備試験ルートの合格率は異様に高いのですが、そもそも予備試験自体の合格率が、たったの4%弱なのです(平成28年結果)。まるで旧司法試験の合格率です。

要するに、受験資格の段階でふるいにかけられているからこその高い合格率なわけで、別に予備試験ルートの方が有利というわけではありません。

実際問題、予備試験はかなり難しいと言えます。内容も司法試験に近いため、司法試験の答案練習に予備試験の過去問を使ったりもするくらいです。邪推ですが、法科大学院の価値を下げないために、予備試験はわざと難しくしているのではないかと思います。そのため、法科大学院ルートで5回落ちてしまった人が、予備試験ルートに移行して再チャレンジというのは、正直無謀だと思います。

予備試験ルートは、優秀な人間が2~3年の時間と高額な学費を浪費せず受験資格を得られるのが最大の利点でしょう。

はじめてのせっけん

国選事件などで接見する場合の、窓口での手続の流れをまとめました。これで初めて接見するときも怖くありません。

留置場所に電話をかけましょう

日中の場合は、取調べが行われている可能性があります(特に被疑者段階)。警察の取調べの場合は、中断して接見させてくれたりもしますが、実況見分の立会や、検察官調べで留置場所を離れている場合は、すぐに帰ってこられません。

夜は夜で、夕食、洗面、就寝準備などと時間が被らないようにする必要がありますし、そうでなくても、遅い時間には事前に連絡を入れておいた方が丁寧です。

K「はい、○○署です。」

B「もしもし、私、弁護士の△△と申しますが、留置管理係にお繋ぎいただけますか。」

K「少々お待ちください。……はい、こちら留置管理係です。」

B「私、Aの弁護人で△△と申します。これからAに接見に参りたいのですが、身柄は空いていますか?」

K「大丈夫ですよ。」

B「それでは、15分後くらいに伺いますので、よろしくお願いします。」

留置管理係で接見を申し込みましょう

営業時間外は、入口のカウンターで留置人の名前と接見したい旨を伝えましょう。昼なら、多分勝手に留置管理係まで行っちゃって平気です。留置管理係は、当然窓口が施錠されています。ノックやインターホンで中の警察官を呼び、接見の書類をもらいましょう。

この時、被疑者国選なら法テラスへの報告用複写紙を必ず頼みましょう。私選や、起訴後(被告人)の場合は不要です*1。法テラスの紙に関しては、警察官ごとに対応の差があります。こちらが頼まないと出してくれない人、常に「法テラスの紙も要ります?」と聞いてくる人、何も言わずとも被疑者なら出し、被告人なら出さない人。経験の差でしょうか。

接見の申請書に必要事項を記入したら、複写紙は鞄にしまい、申請書を渡します。その時、徽章を見せて弁護士の地位を示します。その後、携帯電話を預けて、接見室に入ります。

B「Aの接見お願いします。」

K「承知しました。こちらどうぞ。法テラスの紙も要りますか?」

B「はい、お願いします。……(記入)じゃ、これお願いします。」

K「はい。徽章か何か確認させていただけますか?……確認しました。携帯電話あれば、ここに預けてください。それでは、接見室でお待ち下さい。」

申請書の記入事項

  • 留置人氏名
  • 接見する者の関係(「弁護人」にチェック)、弁護人の氏名、登録番号、電話番号(事務所の電話番号)
  • 接見日時(年月日、曜日、時間)

初回接見では、とりあえず話を聞いて状況を把握しましょう

初回接見は重要!と司法試験でも散々学んでいると思いますが、留置場所が事務所から遠いと、別の意味でも重要になってきます。

とりあえず聞くこととしては、本人確認、自己紹介、認否確認、事実の詳細確認、今後の手続きの流れ、接見禁止の有無確認、家族への連絡希望あたりでしょうか。

差入れ・宅下げをしましょう

接見が終わったら、必要に応じて差入れ・宅下げをしましょう。一般的に多いのは、便箋の差入れと謝罪文の宅下げでしょうか。

「差入れ(宅下げ)お願いします。」とだけ言えば書類をくれます。差入れの場合、差し入れる現金か物の内容を書く欄があり、余白部分に斜線を引いて線上に押印する必要があります。弁護人氏名の後ろにも押印が必要です。現金の差入れはあまりしないので、大抵3か所に押印することになります。三文判で良いので、接見用の印鑑を用意しておくと良いでしょう。はん蔵を使うと便利です。

どうせすぐ慣れます

最初は緊張しますが、こんなものは数回も接見すれば覚えてしまいます。気楽にやるのが一番です。

*1:国選の報酬は、被疑者は接見の回数、被告人は公判立会の時間で決まるのです。

裁判員裁判の弁論に演出は必要か?

一部の本では、裁判員裁判での最終弁論について、「裁判員に語りかける」とか「法廷中央に歩み出てペーパーレスで行う」といったやり方を推奨しています。これは、裁判員に「傾聴させる」「理解させる」ためのテクニックとして有用であるという趣旨です。

しかし、私個人としては、こういったテクニックの有用性については懐疑的です。

司法修習中に評議を見たり、実務で裁判員裁判の弁護活動をした経験からすると、裁判員は、こちらが思っているよりもずっと真剣に裁判を見て、考えています。語りかけにより記憶を喚起するとか、立ち位置で注意を集中させるとか、ペーパーレスで「読み上げている」印象をなくすとか、そういったことではほとんど心証を変えられないくらい、言葉の「中身」を聞いています。

これは、ある意味裁判員への「信頼」です。主張を総括しただけであろうが、弁護人席から紙を片手に読み上げようが、その主張が論理的で、争点としっかり噛み合っていさえすれば、正しい判断をしてくれるはず、という信頼に基づいています。そして、そうした正しい判断の前提には、弁論の読み上げ方から得られる「印象」など入り込む余地はないように思えるのです。

仮に心証に及ぼす影響があるとしても、それほど大きいものとは思えません。むしろ、客観的に判断しようと懸命になっている裁判員からすれば、変に語りかけられればかえって悪印象を持つ場合もあるかもしれませんし、ペーパーレスでやろうとして失敗でもしたら、かえって印象は悪くなりそうです。そういったことがないように徹底的に練習しておくのは大前提なのでしょうが、人間に完璧はありません。リスクは必ずあります。私は、こうしたテクニックが裁判員に与える影響と、最低限残るリスクとを比較衡量してみても、後者の方が大きいのではないかと思います。

結論として、裁判員裁判の弁論だからといって、演出は必要ないと思います。ペーパーの中身(論理構成)で勝負するのが必要十分であって、それ以上のことに気を使うのは、リスクに対するリターンが皆無又は小さすぎると思います。

『刑事弁護ビギナーズver.2』

刑事弁護ビギナーズver.2

刑事弁護ビギナーズver.2

弁護士必携の一冊。多分、刑事弁護を扱う事務所なら必ず置いてあります。

司法修習時代には、必携と言われてもピンときませんでしたが、実際に実務で刑事弁護をしていると、本当にことあるごとにお世話になります。

必要が生じた時にサッと取り出してパッと参照すると、大抵のことは書いてあります。逆に、必要もないのに頭から通して読むとか、そういう使い方はしません。だから、自分で刑事事件を処理してみないと、この本が役に立つということは実感できないと思います。実務に出てはじめて価値が分かる、まさに実務家のための本でした。